伊藤潤二「センサー」(2019年11月30日第1刷発行)
・「第1話 エンゼルヘアー」
「白夜京子は孤児院育ちの身寄りのない娘。
気が付くと、彼女は千獄岳の麓を歩いていた。
千獄岳は60年前の昭和に一度噴火したことのある火山で、今は火山活動をしていないはずだが、火山毛が大量に舞い散っていた。
おかしなことに、火山毛は普通は黒いはずだが、ここのものは金髪のように光り輝き、しなやかであった。
途中、彼女は相沢という男性と出会う。
彼は道の真ん中で目を閉じ、顔を上げていたが、京子がここに来ることだけでなく、彼女の名前も知っていた。
彼は彼女を清神村へと案内する。
村は金色の火山毛に覆われ、村人たちの頭や動物達にも何本か付いていた。
ここでは金色の火山毛は「天髪様」と呼ばれ、これが付くと、目を閉じていても遥か遠くの宇宙を感じることができるという。
江戸時代、ここは隠れキリシタンの村で、外国人宣教師ミーゲレを匿う。
しかし、幕府の役人にばれて、ミーゲレは村人たちと共に千獄岳に突き落とされ処刑されるが、以来、「天髪様」が火口から舞ってくるようになったのであった。
相沢は彼女がここに来るというお告げを受けたと話し、村人たちは彼女にゆっくりしていってほしいと頼むも、京子は戸惑うことばかりで一刻も早く立ち去りたい。
そこで、相沢は「星空を眺める会」に参加するよう頼む。
その夜、村の広場で村人たちはあちこちに立ち、目を閉じ、夜空を見上げる。
これは、五感のセンサーを駆使し、宇宙のどこかにいるミーゲレを感じ取るためだというのだが…」
・「第2話 アカシック・レコード」
「土宿亘(つちやど・わたる)は無名のルポライター。
彼は移動途中の飛行機で山中にどす黒い雲のようなものを目にする。
ネットでもその雲の情報があり、彼はその雲が目撃された地点へとでかける。
そこは想像していた以上に山の奥であったが、そこで彼は金髪の美しい女性を目撃する。
彼は彼女が先日の千獄岳の噴火の唯一の生き残りである白夜京子だと確信し、その後を追うが、彼女ともども見知らぬ集団に捕らえられる。
その集団は藍度影郎をリーダーとする超神秘集団「インジゴ・シャドウ」で、その目的は瞑想によりアカシック・レコードにアクセスし、宇宙の全情報を知ることであった。
そのための媒介として白夜京子が必要と『宇宙の彼方の暗黒の神』からお告げがあり、彼らは京子を拉致する。
そして、瞑想を続けるうちに、アカシック・レコードが黒い雲の形を取り始めたというのだが…」
・「第3話 催眠療法」
「土宿亘は白夜京子について調査を進める。
なかなか進展はなかったが、ある時、千獄岳噴火の際に救出された白夜京子は記憶喪失にかかっており、ある精神科医の大学教授のもとに送られたとの情報を得る。
その大学教授は北南大学の黒寺由紀雄教授で、U市にある父親の心療内科に彼女を入院させていた。
土宿は早速大学に連絡するも、黒寺教授は長期欠勤中で、父親の経営する「黒寺心療内科」を訪れる。
実は黒寺教授の父親は清神村の出身で、60年前の噴火の数少ない生き残りであった。
彼は白夜京子の治療について土宿に話す。
最初、記憶を取り戻すために、彼女に催眠療法を試みた時、彼女は錯乱状態に陥る。
彼女は頭にびっしりと付いている「天髪様」によって過敏な知覚を得ており、大量の宇宙の記憶が彼女の頭に流れ込んでいたためであった。
そのうちに、彼女は知覚をコントロールする術を覚え、落ち着きを取り戻すが、夢うつつの状態となる。
黒寺教授は彼女への催眠療法を再開させるが、徐々に彼は彼女にのめり込むようになり…」
・「第4話 毘沙ヶ浦の虫」
「毘沙ヶ浦は海に面する断崖で、自殺の名所であった。
近所の喫茶店に勤める倉田絵里は断崖にたたずむ金髪の美しい女性を目にする。
彼女に声をかけ、喫茶店に連れて行くが、彼女は記憶を失っているようであった。
絵里は彼女を自分の家に招く。
絵里は東京出身で、彼氏が電車自殺をしたことをきっかけに、ここに移住し、自殺防止のボランティアをしていた。
この地域には『自殺虫』と呼ばれる虫が大量発生しており、この虫は何故か人の足の下にとび込んできて、わざわざ踏み潰されていた。
京子はこの虫に「邪悪なパワー」を感じるが…」
・「第5話 カーブミラー」
「土宿亘は最近、山岡紅子の夢をよく見る。
山岡紅子は五年前、仕事で出会い、以来、一年もの間、ストーカー行為を彼に続ける。
警察から接近禁止命令が出されると、彼女は姿を現わさなくなるが、ここ最近、彼女から手紙が届くようになる。
手紙には彼の行動が事細かく記されており、白夜京子のことをあきらめるよう勧めていた。
ある日、土宿が路上を歩いていると、車に轢かれそうになる。
その車はカーブミラーに衝突し、行く先々でカーブミラーにぶつけていた。
土宿が訝りながら、カーブミラーを見ると、ミラーに山岡紅子の姿が映っている。
しかし、その場には彼以外の姿はなく、紅子はミラーの中にだけいるのであった。
帰宅後、土宿は全国でカーブミラーの当て逃げだけでなく、カーブミラーの破損事故が頻発していることをニュースで知る。
カーブミラーを壊した人は皆、カーブミラーを中継して、監視されていると訴えていた。
土宿はそんなことが可能なのか確かめるべく、当て逃げされたカーブミラーを調べる。
すると、カーブミラーには千獄岳の黒色の火山毛が引っかかっていた。
彼は黒寺教授の父親に意見を求めに行くが…」
・「第6話 ジェットブラック」
「土宿と黒寺教授の父親は謎の集団に拉致される。
そのリーダーは死んだかと思われた藍度影郎であり、山本紅子もメンバーであった。
彼は、黒寺教授の父親を媒介にして、白夜京子の行方を突き止めるため、瞑想の儀式を行う。
また、土宿や以前に白夜京子と関わりを持った人々もこの場に連れて来られ、媒体とされる。
儀式が『超瞑想』の段階に至った時、千獄岳が噴火し…」
・「最終話 光と影」
「土宿は気が付くと、見知らぬ草原にいた。
そこには白夜京子の姿もあり、彼女について行くと、江戸時代の清神村に着く。
小屋の中にはミーゲレと隠れキリシタンの村人たちがおり、京子は村人たちに協力していた。
この日は日も暮れないのに何故か外が暗くなる。
悪い前兆を考え、村人たちが場所を移そうとすると、雲水が現れる。
その雲水は幕府の手下で、ミーゲレ、京子、村人たちは皆、捕らえられる。
彼らは十字架を背負って、千獄岳の頂上まで歩いて行き、そこで一人ずつ噴火口に突き落とされるのだが…。
雲水の正体は…?
そして、京子、ミーゲレの運命は…?」
「センサー」は「Nemuki+」に2018年9月号〜2019年9月号にわたり掲載されました。
最初のタイトルは「夢魔の紀行」だったのですが、途中で路線変更をしたため、単行本化の際に「センサー」に変更されました。
この作品、こう言ったら元も子もないとは思いますが、「奇作」です。
最大の原因はニューエイジな精神世界の要素が色濃いことでありましょう。
また、ストーリーの迷走っぷりも奇妙な印象を与える要因の一つです。
あとがきで、伊藤潤二先生は当初、白夜京子を「おろち」や「妖怪ハンター」のような狂言回しにする予定(第四話みたいな感じでしょうか)でしたが、白夜京子も土宿亘も作者の手を離れて「おかしな方向に」動くようになったとのことで、全体として見ると、大きなまとまりはあるものの、各話各話が突拍子もないエピソードの連続という印象を受けます。(注1)
でも、伊藤潤二先生の奇想は健在で、「カーブミラー」や「自殺虫」の話はカッとんでおります。
世間一般の評価は知りませんが、伊藤潤二先生にとって最も「コズミック」な作品なのではないでしょうか?
・注1
伊藤潤二先生の長編の凄さは奇想天外なエピソードを一つ一つ積み重ねることによって、想像を絶する世界をどーんと提示することにあると私は思っております。
ただし、「センサー」は精神世界的要素が濃いために、世界観が掴みにくくなった感が(個人的には)あります。
2024年10月7・19日 ページ作成・執筆