さがみゆき「みじかくも美しい私」
(曙出版・文華書房/220円/1968年の冬頃?)

 まず、表紙からして「荒れた胃に、飲んで、ス〜ッと効く」ような感じの緑色で、とってもム〜ディ〜。(注1)
 さがみゆき先生独特の美少女の絵が、今となっては、逆に新鮮です。(注2)
 ちなみに、この表紙だけでは内容はさっぱりわからないとは思いますが、実はきっちり内容と関係があるのです。
 それは内容を見てのお楽しみ。

 とりあえずは、内容のご紹介。
「舞台は北海道、阿寒湖。
 そこへ旅行で訪ねてきた田宮明彦と友子の兄妹。
 田宮明彦は、最愛の恋人の由加が別の男と結婚して、すっかり人生に絶望しておりました。
 いうなれば、傷心旅行。妹の友子はその監視役といったところです。

 さて、二人が泊まるは「ホテルまりも」。
(初っ端から、出鼻をくじかれますが、ともあれ、このセンスに脱帽です!!)
 友子が夜中にふと目を覚ますと、湖の方でかがり火が見えます。
 好奇心に駆られて、二人が行ってみると、失恋したアイヌの女の子の自殺騒動でした。
 アイヌの女の子(セトナ)はアイヌというだけで、命をかけて愛した男に捨てられ、入水自殺を図ったのです。
 明彦は、最初は「自殺は最後にのこされた、ひとつだけのすくいかもしれない」とかうそぶいておりましたが、やはり妹の手前もありまして、「…自殺はしない。このさいはての土地で、あの人の幸福をいのれる…そんな人間にならなければ…」と強がりを言います。
 しかし、妹の目には、そんな明彦の寂しさ、苦しさがひしひしと感じられるのでした。

   さて、一方、明彦と別れた由加は、とある中年男(名前は不明。眼鏡を掛けているので、以下『メガネ』と称します)の妻となっておりました。
 由加の実家の会社が倒産の危機に陥り、資金援助をする代わりに、メガネの妻となったのです。
 しかし、由加は明彦のことを忘れることができません。
 そのことを敏感に察し、メガネは苛立ちます。
 ある日、激昂して、由加に暴力を振るった際に、由加は暖炉の火に突っ込み、顔を火傷してしまうのでした。

 由加が火傷をする夢を見て、青ざめて目を覚ます明彦。
 明彦は由加が幸せでいるかどうかが気になって仕方ありません。
 そんな時に、美しい音色が聞こえてきます。
 その音に引き寄せられるように、湖に近づく明彦。
 湖のほとりには、アイヌの娘がムックリ(注3)を奏でていました。
 その娘は先日、その湖で入水自殺を図ったセトナでありました。(注4)
 セトナは明彦の姿を見るなり、「たけし」と叫んで、抱きついてきます。
 明彦が自分は「たけし」ではないといくら説得しても、セトナは納得しません。
 セトナは気がふれてしまっていたのでした。
 しばらくの間、ムックリを奏でた後、セトナは湖のまりもを指さします。
「まりものゆらぎ…これは永遠の愛の象徴なのよ。」
「まりもが愛の象徴だって?」
「うん…まりもはセトナとマニペが永久の愛を誓って、この湖に身をなげたふたりの姿なのよ。
 わたしたち、アイヌは恋をすると、この湖にやってくるんだ。
 手をとりあって、この湖へ…そして、マニペとセトナに愛の誓いをするんだよ。
 二人の愛が祝福されるとき、まりもは太陽の光をあびて、ゆらゆらとゆらぐんだ」
 そこへ、明彦の妹の友子が現れます。
 友子に警戒心を抱くセトナ。
 明彦が友子のことを妹だと言っても、セトナは信じません。
 セトナは明彦を嘘つきよばわりして、
「湖の神チェッカランに命をささげたセトナはもうだまされやしない。
 たけしがこれ以上、セトナを傷つけるのなら…セトナは、セトナは
 たけしをころす!! そして…そして、このセトナも死ぬんだ。
 ふたりの命をチェッカランにささげるんだ」
 と、涙ながらに爆弾発言。
 あまりの剣幕に、明彦達は何も言うことができません。

 と、そこにセトナの母がやってきます。(注5)
 セトナの母は、明彦達に、セトナは狂っているから、この湖に近づかないよう、この土地を早く去るよう言い、セトナを連れて帰ります。
 狂ってしまう程に恋に命を賭けるセトナの姿に、「アイヌの恋か…」と明彦は感慨深く呟くのでありました。

 一方。
 顔に火傷を負い、入院している由加を見舞って、メガネが訪ねてきます。
 由加はメガネに口をきこうとしません。
「女の顔は命なんです…たとえこのやけどがなおっても…私の心の傷はなおりません。あなたにうけたしうちをわたしは決してわすれませんわ」
 そして、「もうあなたの家には帰りません」と言い放つのでした。
 男は、自分の行った援助等、いろいろと持ち出しますが、由加の心は揺らぎません。
 しかし、「そのきらいな俺の子をきさまは生むのだ。大きらいな俺の子をな」というメガネの言葉に大ショック。
 勝ち誇って、メガネは病室を後にし、途方に暮れ、涙を流す由加は明彦の面影を思い浮かべます。
 しかし、今となっては明彦の思い出さえ苦しいものに感じられます。
 由加の手は果物かごの側のナイフに伸びていき、それを掴むと…。

 さて、「ホテルまりも」の外では雪が降り始めております。
 雪を見て、はしゃぐ友子を傍目に、明彦はこの感傷旅行も終わりにしようと告げます。
 人にはそれぞれの人生があり、自分にも新しい人生が待っていることをようやく悟ったのでした。
 ホテルのロビーに時刻表を見に行くと、明彦は部屋を出ていきます。
 その直後、部屋の電話が鳴り、友子が受話器を取ると、無言電話です。
 友子は直感で、その電話の主が由加であることを見抜き、「お兄さんをこれ以上苦しめないで云々」ときつく言い、電話を切ります。
 電話を切ってから、しばらくは由加に対する憤懣やるかたない友子でしたが、兄の明彦の帰りが遅いのに気がつきます。
 また湖に行ったのではないかと、友子は雪の中、兄を探しに行くのでありました。

 明彦が、ロビーの時刻表で明日発つ列車(明朝九時二十分「まりも」)を調べていると、ロビーで電話をかけている女性を見かけます。
 後姿だけですが、明彦はその女性を由加だと確信し、ホテルを出た彼女の後をつけます。
 やはり、その女性は由加でした。
 由加は「一目だけでも…とおくからでも明彦の姿をみておきたかった」と言い、明彦に抱きついてきます。
 そんな由加の様子、そして、顔半分を覆うガーゼに、明彦は由加が幸せでなかったことを悟ります。
 二人は湖に向かって、そぞろ歩いていくのでした。

 そんな二人の姿を木陰から覗いていたのがセトナ。
 二度も「たけし」に裏切られ、怒りに震えます。
 そこで、セトナは決心します。
「たけしの命をチェッカランにささげるんだ。
 そして、セトナの命も…ふたりの命を、湖の神チェッカランに捧げるんだ。
 そうすれば、ふたりはまりもとなって、永遠の愛を生きつづけることができる」
 そこに、友子がやってきます。
 明彦の行方を問う友子に対し、セトナは、自分を二度も裏切った明彦をきっと殺す、と告げ、その場を走り去ります。
 こんな物騒なところから早く去らなければ、と兄を必死で探すのでありました。

 その頃、明彦と由加は湖のほとりにたたずみ、
「みえないのね まりも」「まりもはさむがりなのかな」「まあ 明彦さんたら…」
 と、バカップルらしい能天気な会話を交わしております。
 その際に、明彦は顔半分を覆うガーゼについて尋ねます。
「みにくいやけど」と由加は答えます。
「わたしの心も、顔も…体も…みにくくやけただれてしまったの。
 昔の由加はもういないのよ。あなたの前にたっているのはわたしのぬけがら」云々
 そんな由加に明彦は言います。
「由加…僕の前に立っている由加は昔の由加さんだよ。(中略)そして、君は昔のまま美しい…」
 由加の髪を下ろし、いやがる由加を説得して、顔のガーゼを取ります。
 湖面に映った由加の顔には、火傷の痕は全く残っていませんでした。
 火傷の痕が消えたことを訝る由加を、明彦は優しく説得します。
「愛だよ。ふたりの愛が君の傷をけしてしまったんだ。それとも、この湖の神チェッカランがふたりの愛を祝福してくれたのかもしれない」
 二人は固く抱き合います。
「アイヌの伝説と同じように、僕たちの愛もいろんな試練に耐えてきたんだよ…そうだろう、由加…」

 その時、響き渡る、一発の銃声!!
 由加の腕の中で、明彦の身体が崩れ落ちます。
 セトナの猟銃が明彦の命を奪ったのでありました。
「たけしはだれにもわたさない。たけしはセトナとこの湖にかえるんだ」
 と、セトナは明彦の亡骸(なきがら)に駆け寄ろうとしますが、「さわらないで」と由加は明彦に覆いかぶさります。
「わたしの明彦…わたしだけの」
 すると、明彦の亡骸から、明彦の魂が抜け出し、由加と共に消え去っていきます。
 その姿は結婚衣裳をまとっておりました。
 消え去る二人の姿に「たけしーー!!」と絶叫するセトナ。

 その頃、由加が入院している病院で、果物ナイフで胸を突いて絶命している由加が発見されました。
 不思議なことに、由加の亡骸から火傷の痕はきれいに消えていて、幸福に満ちた微笑を浮かべていたのでありました。

 湖のほとりで友子は涙に暮れます。
 あまりにもみじめな二人の愛を想って。
 そんな友子に湖のまりもが目に留まります。
「まりものゆらぎ…
 その姿は永遠の愛の象徴…
 ふたりの魂がこの湖の底で永遠にかわることなくゆらいでいるのかしら。
 永遠の愛は阿寒の湖底にねむる…
 たとえ肉体ははなれていても、ふたりの美しい霊魂は湖の神チェッカランのもとでねむる。
 しずかにゆらぎながら。」
 おしまい」

 と、ここまで読めば、うつろな緑色をした表紙の意味が明らかになったと思います。
 まさしく「まりも」に変身しようとしている由加の姿に相違ありません!!
 MM5(マジでまりも化5秒前)なのであります。

 それはそれでいいのですが、このマンガの恋人達は、どうしてそこまで「まりも」になりたがるのか、謎なのであります。
「まりも」となって、永遠の愛を成就。その後は、ずっと湖底でゆらぐ…ことが、果たしてロマンチックなことなのか?
 まあ、ギリシア神話等、紐解きますと、神様や妖精が植物に変身する話は多々ありますし、作品に触れられておりますように、阿寒湖には「まりも愛伝説」もあるそうです。
 んにせよ、まりも……う〜ん、まりも……
 美しい花や木というのなら、まだわかりますが、所詮は「藻(も)」ですよ!! 「緑藻類」なのであります!!
 無粋の極みと言われれば、それまででありましょうが、どうもそこの部分が気になって仕方ありません。
 個人的な感想ですが、手塚治虫御大の『火の鳥 宇宙編』のラストを連想してしまい、「永遠の愛」どころか、「懲罰」めいたものを感じるのであります。
 骨の髄まで物質主義に侵された私に、やはり、「ロマンチシズム」とは無縁のものなのでありましょうか。

 巻末にある、さがみゆき先生の後記によりますと、この作品は布施明の『霧の摩周湖』のレコードをかけまくりながら、描いたとのことです。
 締め切りを過ぎ、逼迫した状況下、布施明の美声に酔いながら、断片的なアイヌや北海道に関する知識をぶち込んで、さがみゆき先生お得意の悲恋ものに仕立て上げた、この作品……味わい深さは、同系統の作品よりも頭…いや、マリモ一つ分、突き抜けているよう思います。

・注1
 そりゃ、あんた、サ○ロンですがな!!

・注2
 さがみゆき先生は「美少女」キャラで、当時、人気がありました。
 怪奇マンガだけでなく、少女マンガも多数描いております。
 また、後年はエロマンガにシフトしており、個人的にはエロマンガの方が優れた作品が多いように思います。
 女性キャラに、妙な「肉感」があるんですよね…。
 やはり、子持ちは違います。

・注3
「ムックリ」とは、調べたところによると、「口琴」の一種だそうです。
 youtubeの動画で観ますと、ビョ〜ンビョ〜ンポヨ〜ンと、かなり素朴な音色。

 あと、口琴というと、伝説(そう、まさしく伝説!!)のカルト・ホラー『ウィッカーマン』(英/1973年)の《May Pole Song》と、「休みの国」というバンドの『悪魔巣取金愚』をすぐに連想してしまうのですが、ちとマイナーですか。

・注4
 格好が、ど○○こラーメンの店員ちっくですが、こんなものなんでしょうか?
 とにもかくにも、帽子の裾についている、手書きの鳴門渦巻きが味があってステキ。

・注5
 この女性は、口の両側に、口裂け女ちっくな刺青(?)を入れております。
 アイヌ文化については、全くの無知でありますので、どのような由来によるものなのか、わかりません。


平成25年12月下旬 執筆
平成25年1月22日 作成

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