松下哲也「17才の恐怖のママ」(220円/1966年初頭に発行)
『第一章 恐怖のかたまり』
舞台は、近代的な病院。
廊下を落ち着きなく行きつ戻りつつする、男性の名は『英樹』。
落ち着きのなさをたしなめる、妹の『真理子』。
今、英樹は父親になろうとしているところなのである。
遂に、診療室(赤ん坊を産むところだから、普通は『分娩室』だけど、当時はこういう名称だったのか…それとも、単なる作者の間違いか…)の扉の向こうから、待望の赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
しかし、1時間以上経っても、中からは何の知らせもない…。
ようやく医師と看護婦が顔を見せたものの、その顔は浮かない。
子供については「発育不全」と言葉を濁し、一週間もたてば退院できると言われ、結局、子供の顔も見ずに、英樹は病院を後にする。
予定の一週間を過ぎて、二週間に差し掛かったころ、赤ん坊と一緒に、英樹の妻の『魔美』(注1)が退院してきた。
暗い表情に、冷たい目つき…そして、両手には分厚い毛布でくるまれた赤ん坊。
赤ん坊を抱こうと、妻に近寄る英樹だが、『ダメよ!!』と一喝され、赤ん坊の顔も見せずに、魔美は自分の部屋に閉じこもってしまう。
魔美の部屋のドアの前で、妻を問いただす英樹だが、『この子は充分育ってないの…元気になるまでこの子に近づかないで…』との、魔美の言葉に、釈然としないながらも、仕方なくあきらめるのだった。
一方、魔美の部屋。
ぬいぐるみや人形が並び、ベビーメリーが回る下、魔美はベッドで涙に暮れていた。
その傍らで、激しく泣き喚く、赤ん坊の声。
書斎で、赤ん坊の泣き声に耳を澄ましながら、英樹は魔美と出会った頃の事を思い起こしていた。
魔美とは、英樹が九州に出張に行った折、ついでに名所旧跡を回っていた時に、とある古城跡で出会った。
交際を始めた二人だが、魔美は自分の素性を決して語ろうとしなかった。
素性のわからぬ魔美との結婚を両親は反対したが、反対を押し切って、二人は結婚に踏み切ったのである。
魔美の部屋から漏れてくる、赤ん坊の泣き声を聞きながら、思いを巡らす英樹であった。
『第二章 これが我が子』
場面は一転して、九州の古城跡。
偶然にも、九州に修学旅行に来ていた、妹の真理子は、ネグリジェに裸足という格好で、夢遊病者のごとく歩く魔美を目撃する。
真理子は魔美の跡をつけてみたが、川を渡ったところの墓場で、霧に包まれ、姿を消してしまった。
旅行から帰ってから、そのことを兄の英樹に告げる真理子。
英樹は、魔美はずっと家にいたと答える。
二日の間、魔美はずっとうなされていたという。
部屋に食事を運ぶ英樹。
その時、廊下に鍵が落ちているのを見つける。
鍵で魔美の部屋のドアを開ける。
大きなベッドに近づくと、そこには安らかな寝息を立てている赤ん坊が顔だけ布団から出している。
我が子をよくよく見ようと、背を屈める英樹だが、突如、悲鳴を上げる。
怯えた顔をして、後ずさりする英樹の背後には、いつの間にか魔美がいた。
「ごらんになったのね…」という言葉に、『ギクン』とする英樹。
「い、いや、見ない…本当だよ…」と、魔美の非難の視線と気まずさに堪えかねて、英樹は部屋を走り去る。
閉じたドアを背にして、「ああ〜〜何と云うことだ…どうしてあんな子がうまれたんだ〜…」と驚愕から立ち直れない英樹。
その時、二人の出会った場所で魔美が霧の中に消えたいったという妹の話を思い出し、「もしかしたら魔美は…」と英樹は呟くのだった。
『第三章 72時間後』
数日後、出かけようとしたところを真理子は、家の門前で見知らぬ老婆から声をかけられる。
白装束に、右手にサカキ(?)を持つ、白髪の老婆だった。
ここがどこの家か確認すると、老婆は中に入っていった。
中では、英樹が祈祷師の老婆を離れに案内していた。
「妻にはないしょですから、出来るだけ静かにお願いします」と念を押す英樹。
それに答えて、「このシェー教はな、宇宙万物の悩みを解決できぬことなしじゃ」と豪語する老婆。
魔美のいる部屋に向き、手の平サイズのミニ祭壇の上に護摩を焚く壷を置き、頭を深く下げたかと思うと、『シェーーー』と奇声を上げ、一っ跳び。
『シェッ、シェッ、シェッ』と三度飛び跳ねたかと思うと、『バカタレ』と手に持ったサカキで、英樹を打ち始める。
何度か飛び跳ねたところで、仰向けになって、もだえながら、「悪霊が我の身体の中でツイストを踊りよって! みるみる燃焼して消え失せよる〜!」と呻く老婆。
最後に、盛大に『シェーーーーーッ』と、紙吹雪を散らしながら、一っ跳びして、袴から生足を晒して、畳に大の字になる老婆。
荒い息を吐きながら、老婆は英樹に『72時間後』にシェー教の威力が出ていると言い、英樹からお礼をひっさらい、電光石火で走り去っていったのだった。(注2)
そして、72時間まであと一時間。
魔美の部屋の前で待機する英樹だが、部屋に入る方法がない。
それを陰から見守る、真理子。
真理子の腕の中には、英樹と魔美の赤ん坊(『ユカ』という名前が急についてました)にあげようと思っていた人形が抱きしめられている。
魔美は見せてくれないし、英樹も決して話そうとしない、どんな赤ちゃんなんだろうと、怪しむ真理子。
そんな真理子の背後に忍び寄る影。
真理子が気配に気づくと、魔美がカミソリを突きつけながら、人形をよこすよう詰め寄る。
恐る恐る腕に抱いていた人形を渡す真理子。
魔美は人形を奪うと、部屋に駆け込んだ。
どうして人形を…と訝りながら、その部屋を覗き込む真理子が見たものは、いくつもの首の切断された人形。
そして、血走った目をして、真理子の人形の首をカミソリで切断する魔美の姿。
悲鳴を上げる真理子。
悲鳴を聞きつけて、現場に駆けつける英樹だが、そこには歯を食いしばり、半ば白目を剥いた状態で、人形にカミソリの歯を押し当てる魔美の姿があった。
話しかけるが、魔美は完全に意識が飛んでいる。
正気を戻すため、英樹は平手打ちされ、ようやく自分を取り戻す魔美。
英樹は魔美の過去に全ての謎を解く鍵があると考え、魔美の過去を打ち明けるよう促す。
しかし、「言えない…どうしても、それは言えない…」と泣き伏す魔美。
その時、72時間が過ぎたことに、英樹は気がつく。
急いで、魔美の部屋に向かう英樹だが、「待って…見ないで!!」と血相を変え、魔美がいち早く部屋に駆け込んだため、結局、赤ん坊を確かめることが出来ず仕舞いとなる。
ドアの外で、
「あァ…僕はどうしてこんな不幸を背負わなければならないんだ…
どうして医者はあの子を殺してくれなかったんだ…
(中略)
あんな子が大きくなって何が出来るというんだ!!
できるのは周りを悲しませることだけじゃないか!!」
と悲嘆に暮れる英樹。
腕に首のない人形を抱き、目に涙を浮かべ、英樹を見つめる真理子であった。
『第四章 血とカマと墓地』
夜。
魔美の部屋のベッド。
安らかな寝息を立てているユカの横で、魔美は虚空に目を凝らしていた。
「また夜が来た…眠りたくない、眠りたくない…眠れば、またあそこに…」
抗いも空しく、眠りに落ちる魔美。
魔美が眠りに落ちてからまもなくして、魔美の部屋の窓が静かに開く。
外から魔美の部屋に忍び込む英樹。
ベッドでうなされる魔美のもとへ近寄る。
魔美を起こそうと声をかけるが、妻の苦しそうな顔を見て、英樹はその額に口付けをするのであった。
夢の中で、魔美は髪を引っ張られ、英雄と出会った九州の墓地まで、凄まじいスピードで引きずられていく。
ふと、気がつくと、彼女は、白地の絣(かすり)の着物を上衣に、下はもんぺ・ルックという、どん百姓スタイルで、野原に立っていた。
目つきの険しさは相変わらず、そして、右手に握り締められた鎌。
人々が魔美を指差し、『人殺しだ!!』『人さらいだ!!』と叫んで、逃げていく。
魔美はふっと我に返ると、右手の鎌に気づく。
「私はまたこんな所へ来てしまったわ…ここはどこなの?…どうして眠るといつもここに来てしまうの?…ここへ来ると必ず…必ず恐ろしいことを…この鎌で恐ろしいことをしてしまう…」
訝りながら、途方に暮れる魔美。
右手の鎌を外そうとするも、どうしても鎌を取ることができない。
そのうちに、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
見ると、野原の向こうに一軒家が建っている。
「いや〜泣かないで!! 泣くと私が恐ろしいことをしてしまうのよ〜!!」
と両耳を塞ぐが、見えない力に引きずられ、その一軒家に魔美は放り込まれる。
部屋には、籠の中で、元気に泣いている赤ん坊。
その赤ん坊を見て、魔美の表情が一変する。
「む〜〜っ、こんなかわいい顔をして…私の赤ちゃんは死んでしまったというのに〜〜っ」
「にくい!にくい!」血走った目、食いしばった歯。「くやしい!!」
そして…(画像を参照のこと)
赤ん坊を鎌でめった刺しにした後、「いい気味だわ!いい気味…」と高笑いする魔美。
その周りには、首の切断された赤ん坊の死体がいくつも転がる。
急に地に伏せ、「ああ〜私の赤ちゃんはどうして死んでしまったのよ〜」と嘆く魔美。
そして、衝動的に走り去っていくのだった…。
「魔美」という英樹の声で、魔美は目覚めた。
英樹は、魔美のうわ言を全て聞いていた。
魔美も、赤ん坊を産んでから、毎夜同じ夢を見るということを打ち明ける。
「その夢の中で五十年も百年も前の女の人になって、そして、鎌を振り回してる。次々と赤ちゃんを殺してしまうの…」
それを聞いて、夢の内容が自分の子供に関係あることに英樹は気づく。
その時、ユカがいないと魔美が叫んだ。
二人は慌ててベッド周りを探す。
「あっ!!」と英樹が声を上げると、部屋の隅を指差した。
そこには、首だけの赤ん坊…。
赤ん坊はウマウマと二人に向かって笑いかける。
赤ん坊を抱きしめ、涙を流す魔美。
英樹も妻の肩に腕を回し、
「魔美、僕達二人でこの子を育てよう…誰の目も恐れないで、太陽のてりつけるところに出して…
この子がこうした姿で生まれて来た、それなりの理由もあったんだ…それは君が毎夜見ていた夢と関係があるのかもしれないけど…僕等はそれを甘んじて受けよう」
と声をかける。
ドアの外には、その二人の姿を鍵穴から覗き見て、卒倒した、真理子の姿があった。
『後記』
皆さん、いかがでしたか?
魔美を恐ろしい世界に導く、あの墓地は現世と過去世(前世)の境なのです。
つまり、するどい鎌をふるって、次々と赤児を殺した女は過去世の魔美の姿だったのです。
”生まれ変り”
あなたも生れ変るのですよ。
来世でまた幸せな…
いえ、来世で女王様のような人になりたいとお思いでしたら、絶対悪いことはしないでね。
そうしないと……
浮浪者の子になって生まれますよ。
哲也
…だそうです。
最後の最後まで、子供心に無駄なトラウマを植えつけるのを忘れない、松下哲也先生でした。
浮浪者の子供って…「大きなお世話だよ!!」と言うよりも、「シッ!!声が大きい!!」って感じです。
んにしても、赤児殺しの描写は、やば過ぎだなぁ〜。
一気にテンション上がって、言葉通り「ぶち殺し」ています。
まあ、一昔前のマンガは『自由』だったって事でしょうか…良くも悪くも…。
復刊ドットコムでリクエストされることはなさそうですが、とりあえず復刻は無理でしょう。
加えて、ヒロインの設定がビミョ〜さ加減がいい塩梅です!!
「前世に、自分の赤ん坊が死んだことにトチ狂って、赤ん坊を鎌で殺しまくった挙句、その因果で、現世では、首だけの赤ちゃんを産んじゃったヒロイン」なんて、長く深いマンガの歴史を紐解いてみても、空前絶後ではないでしょうか?
斯様に、松下哲也先生のマンガにはこのような個性的な(?)ヒロインは多いのです。
そして、この作品の最大の魅力は「奇想」であります。
この奇想は恐らく、松下哲也先生の師匠であり、太陽プロのボス、池川伸治先生に影響を受けたものと推測します。
池川伸治先生にはフリークス趣味がありまして、この手のものを扱った作品に「三つ目のママ 四つ目のパパ」という傑作があります。
池川伸治先生の影響下で、松下哲也先生はこの作品を、杉戸光史先生は「三ツ首塚の血」(バラバラ病)を描いたのではないかと考えるのですが、確信とまではいっておりません。
より詳しい方の検証を待つ次第なのであります。
最後に、首だけ赤ちゃんのユカちゃんですが、部屋の隅までどうやって移動したんでしょうか?(まさか転がってですか…?)
それよりも、首だけなのに、どうして女の子ってわかったの…?
それを考え出すと、今夜も酒なしでは寝付けそうにありません。
・注1
某エスパー・ガールよりも遥か以前の作品であります。
この作品より他にも「魔美」という名前のヒロインはあったかもしれませんが、あ〜〜〜、未確認〜〜。
・注2
明らかに『シェー』ですよね。当時の、故・赤塚不二雄の影響を再確認した次第であります。
ちなみに、このシェー教、ストーリー的には全く何の意味もありません…もしかして、ギャグを狙ったのでしょうか?…今から見たら、シュール過ぎです。
・備考
状態悪し。ビニールカバー貼り付け。とにもかくにも、読み癖激しい。目立つシミ多々あり。p32に赤いサインペンでの落書きあり。
平成23年5月29日〜6月3日 執筆
平成27年10月27日 ページ作成・改稿