久留見幸守「怨霊生首供養」(150円/恐らく、1960年代初頭)



 思春期の頃の菊地秀行先生に衝撃を与えた「吸血狼娘」の次に、久留見幸守先生が世に放った(けど、誰も見向きもしなかったであろう)問題作であります。
 何が問題だったかと言いますと、タイトル・ページのイラストを見ていただければ、一目瞭然です。
 むき出しにしておるんです。

 とりあえずは、内容を見ていきましょう。(こんな文章など読まずに、画像だけ見てもOKです。結局は、それが「見せ場」ですので。) 

「時は江戸時代。場所は、とある地方の町。
 夜毎、老若男女を問わず、斬首され、生首が持ち去られるという事件が頻発する。
 犯人は見当もつかず、人々は恐怖におののいていた。

 主人公は、浪人中の町田信雄(何か侍らしくない名前…)と、その妹の志乃。
 ある嵐の夜に、二人の住む屋敷の隣に娘が一人、引っ越してくる。
 娘の名前は、津村カネ。両親をなくし、天涯孤独の身の上であった。
 信雄と志乃も両親をなくしていたため、二人はカネと仲良くなる。

 とある夜更け、毎夜の猟奇殺人に、捕り手を総動員して、警戒に当たっていた。  まだ殺されたばかりの死体が見つかり、慌ただしくなる中、捕り手達は木陰に、紫頭巾の若い女を発見する。
 捕り手達は、若い女の腕の中にある、布に包まれた袋を怪しみ、女から奪い取ろうとする。
 女は拒み、もみ合ううちに袋は手から離れ、その中から人間の生首が転がり出たのだった。
 捕り手達は女に切りかかるが、逆に、皆、返り討ちにされ、紫頭巾の女は逃げてしまう。
(マンガの横山光輝『三国志』というか、映画版『子連れ狼』というか、かなりバイオレンスな殺戮シーンが展開されております。
 首がぽんぽん飛ぶのはもちろん、『三国志』でおなじみの、脳天から真っ二つってやつもやってます。切られた時、ずれて、右と左の顔が違う表情をしているのがミソですね。)
 そんな修羅場の一方で、信雄は帰り道の途中、物陰から名を呼ばれる。信雄を呼んだのはカネだった。
 カネは、友人宅で長居しすぎて帰りが遅くなり、帰る途中の捕り物騒ぎで、怖くなって物陰に隠れていた、と説明する。
 信雄はカネを家まで送るが、途中、カネから血のにおいがすることに気づく。
 そのことについて聞くと、カネは、慌てて死体につまずき、その上に倒れたと言う。
 しかし、どこか不審感を拭えない信雄であった。

 それからしばらく経った、とある夜、ふと目覚めた信雄は志乃の寝床が空っぽになっているのに気づく。
 志乃を探し、外に出た信雄は、ふらふらと寝巻きのまま、家に向かう志乃に出会う。
 しかし、志乃は信雄の呼びかけには応じず、寝床に入ると、そのまま、眠りについてしまった。
 翌朝、志乃に昨晩のことを問うが、志乃はずっと寝ていたと言い、どうも記憶がないらしい。
 信雄は、志乃が夢遊病になったと思い、どうするか案じつつ、そぞろ歩いているところを、啓介という知り合いの町人と会う。
 啓介は数年大阪の方にいて、帰ってきたばかりなので、再会を祝し、家で酒を飲むことになった。
 一杯やっているところに、カネが訪ねてきたのだが、カネを一目見るなり、啓介は真っ青になって、「あなたはおたえさま…十年前に死んだおたえさま…」と叫ぶ。
 カネは大して気にも留めず辞去するが、啓介はがたがた震え、念仏まで唱える始末。
 取り乱す啓介に、信雄は訳を話すよう求める。

 話は十年前に遡る。
 この地の藩に、正木典膳というお侍がいた。
 その屋敷におたえという非常に気立てのいい、美しいお嬢様がいた。
 啓介はそのお嬢様に恋をし、身分違いながら、かいがいしく仕えていたのだった。
 しかし、隣国の侵略を受けた後、正木家は内通者という噂が立ち、否定をしたものの、問答無用で、家族全員、反逆罪で磔にされてしまう。
 目の前で父母を槍で突き殺された、おたえは、無実である自分達をなぶり殺しにした人間は皆、呪い殺すと、最期まで復讐を口にしながら、こときれた。
 処刑の様子を見ていた啓介は、その夜、雨の降る中、刑場に出向き、磔台にさらし者になっている、おたえの亡骸を磔台から外し、別の場所に埋葬したのだった。

 その話を聞いた信雄は夜、啓介に案内させて、おたえを埋めた場所へと向かう。
 啓介がそこを掘るが、いくら掘ってもおたえの死骸は出ず、一握りの黒髪と装身具の一部しか見つからない。
 二人して訝しく思っている時に、信雄はふと思い当たる節があり、急いで家に戻る。

 家の中はもぬけの殻。
 信雄は志乃を探し、カネの家も探すが、そこも誰一人いない。
 町中を探しまわり、ようやく町外れで、うつろな表情でふらふら歩く志乃を見つける。
 声をかけても、頬を叩いても、志乃は何かにとり付かれたように、反応しない。

 そこで、信雄と啓介は志乃の後をつけることにする。
 志乃は町を出て、荒野にずんずん踏み入っていくと、一軒の朽ちかけた、あばら家があった。
 このあばら家こそが、正木典膳の屋敷跡であった。
 あばら家の中には、カネが志乃を待ち構えていた。
 これを見た、信雄と啓介の二人はカネが只者でないことを確信する。

 さて、ここからがハイライト。

 カネは、夢遊状態にある志乃に向かって、「さあ、いつものとおり、胸を広げなさい」と言う。
 へっ?…と思っていると、次のページで、無表情のまま、あっさりと『おっぱいぱい(複数形)』をさらけ出す志乃。(どことなく頼りない描線が、新鮮です。)
 その横で、カネ…いや、おたえは独白する。
「ううう、それだそれだ、そのやわはだのうちにある熱い血潮…
 汚れのない美しい乙女の胸の血をすって、私はこの世で生きていられる。
 今宵もそなたの血をすって、私は待ちの者を呪い殺し、生首をとるのだ」
 おたえは、自分達を見殺しにした、この土地のものを皆殺しにして、父母の霊前にその生首を供えるために、現世に戻ってきたのだった。

 んで、早速、志乃の胸に吸いつこうとする、おたえ。(かなりバストが垂れて(?)いるのが気になります。)


 ここでストーリーとは別に、大きな悲劇が起こります。
 それは、右下部のページの破れ…。
 これを最初に見た時、頭を抱えて、ひっくり返ったものです。
 まあ、当時、多くの人の手に渡って、読まれた貸本ですので、少しの破れだけで済んで、落丁までいってなくて良かった、と考えることもできるのですが、よりによって何で肝心なページで?!
 イタい!! イタ過ぎる!!(この文章を書いてる筆者もイタ過ぎる…。)
 そんなわけで、数年来、破れのないものをヤフー・オークションで探しているのですが、いまだにお目にかかれません。
 また、そういう機会に万が一、恵まれたとしても、マニアという生き物は独特の嗅覚が発達しているようで、熾烈な戦いになることは火を見るよりも明らかであります。 
 さてさて、見っともない愚痴は横に置いておきまして…

 まさに、志乃が『おっぱいぱい(複数形)』から血を吸い尽くされようとする、まさにその時、信雄の投げた小刀が、おたえを阻止する。
 刀を抜き、おたえに打ちかかる信雄に、同じく、刀で応戦するおたえ。
 その横で、『おっぱいぱい(複数形)』をむき出しにしたまま、ぼ〜っと突っ立っている志乃。
 おたえはさすが侍の娘だけあって、剣の腕前はなかなかのもので、信雄は苦戦する。
 おたえの刀身が折れ、このチャンスにおたえの息の根をとめようとするが、突如、おたえは妖術を使い、信雄を宙で振り回し、地に叩きつける。
(突如、忍者マンガのようになるのも、ご愛嬌。当時は、忍術と言えば、何でもありだったようで、荒唐無稽な忍者マンガが多いようです。本格的な忍者マンガを確立した、白土三平先生の偉大さを再確認する次第であります。)
 おたえは信雄の首に刀を振り下ろそうとした時、おたえは脅えた声を上げ、走り去る。
 夜が明け、朝日が差し込んだのだった。
 信雄と啓介は、おたえを探し、廃屋を探索すると、地下室が見つかる。
 降りていくと、殺風景な風景に、棺おけが一つ。
 啓介が開けると、中には、半ば眠りかけたおたえの姿が…。
(この時のおたえが、商売柄、昼夜逆の生活をしているために寝起きの悪い、水商売の女性のような感じで、ちょっぴりセクシーかも。)
 信雄は躊躇せず、おたえの首に刀を突き刺すと、おたえは絶叫して、跳ね起き、骸骨へと化してしまった。


 おたえの死と共に、志乃も正気を取り戻す。
 状況を理解していない志乃に、信雄は「安心しろ。お前を食いものにするものは退治した」と告げる。
 三人でおたえの亡骸を見下ろしながら、「この女も可哀想な人だ…」「戦争犠牲者なのね」と呟く一行…
 だが、次のコマでは、朝日の中、
「うわあ、さわやかな朝だ」「すがすがしいわ」「あっしもやっと生き返ったような気分です」
「ウハハハハハハハ」「ホホホ」「ウヘヘヘヘヘヘヘ」
 と、打って変わって、明るく家路に向かう三人なのであった。
(って、お前ら、おたえを埋葬ぐらいしてやれよ…。)
 おしまい」

 といった内容でありまして、当時の怪奇時代劇の中でも、『エロ・グロ・バイオレンス』の要素が色濃く、現在でもなかなか楽しめる内容だと思います。
 まあ、ストーリーそのものは『吸血鬼ドラキュラ』を初めとする、様々な要素の寄せ集めなのでしょうが、そこはオリジナリティーで勝負なのであります。
 そのオリジナリティーとは…「『おっぱい』から血を吸う」。
 どうして、動脈の通っている首筋からでなく、わざわざ胸から血を吸う必要があるのか?!
 そんなところから、体中の血を吸いだそうとすれば、かなりの吸引力が必要ですよ、おたえさん。
 そんなことを真顔で言う輩は、ただのぼんくらなんです。ロマンってものをわかってない朴念仁なのです。
 久留見先生はわかっておりました!!
 そりゃ、『おっぱい』から血ぃ吸やぁ、お前らみんな、喜ぶだろ!!
 …
 ……
 ………正論です。紛うことなき真実でございます。
(それが先生の願望だったのか、青少年向けの単なる人気取りだったのか、出版社からの要請だったのかは、今となってはごく少数の当事者しかわからないことです。個人的には、作者の「暴走」ではなかったのか…と考えております。)
 ストーリー的には、重箱の隅をつつけば、どんどんおかしな点が出てきます。
 どうしておたえが吸血鬼として甦ったのか?…とか、
 普通に朝、おたえは信雄たちに挨拶していたのに、どうして急に朝日が苦手になったのか?…とか
 最初から町外れの廃屋に住んでいるのなら、何故、わざわざ主人公の隣に引越ししてきたのか?…とか、疑問は尽きないのでありますが…
『おっぱい』があるんだ、お前ら、文句あるのか!!

 ハイ、文句ありません。
 と言うか、『エロ・グロ・バイオレンス』がありゃあ、おらぁ、他に何もいりません。
 当時の、中学校を卒業後すぐに、町場の工場に就職して働いている工員などが、束の間の娯楽として読むようなマンガにそれ以上の何を望むでしょうか?
 善人面して小奇麗ごとを並べるヒーローなんかより、マシンガンをぶっ放すギャングや殺し屋とかの、破滅と隣り合わせの犯罪者等を描いた、バイオレンスな要素のある、大人向けの漫画の方がはるかに需要があったはずです。
 そして、大人向けと言えば…夜の世界…グラマーなお姉ちゃん…フトモモ…接吻…そして、おっぱい……
 そういう意味での「娯楽」に徹した、この作品、後の「アダルト劇画」の萌芽を象徴するマンガだと思うのですが、どうでしょうか?(テキト〜言ってます。)
 私達のなすべきことは、作者のほとばしるサービス精神に酔い痴れ、打ち震える…ただ、これだけなのです。

 とりあえず、(性画を除いた)マンガの中で『おっぱい』というものを描写した、初期のマンガの一つであろうと思います。(注1)
 ちなみに、久留見幸守先生は、後年、エロ劇画マンガで活躍したようであります。(興味の範囲外ですので、詳細はよくわかりません。)
 やっぱスキだったんですね…流石です…。

・注1
 次回作で、久留見幸守先生は更なる飛躍を遂げるのかと期待されますが、どうも「更なる飛躍」はなかった模様です。
 個人的な推測では、出版社が自粛したものと思われます。
 本が売れるよりも、騒ぎになって叩かれる方がデメリットが大きかったからでしょう。

・備考
 ビニールカバー貼り付け。糸綴じあり。カバー痛み。前の遊び紙、痛み。pp9〜20、25・26、29〜32、41・42、49、51、53、73、75、135・136、137・138(ページがちぎれて、全体的に補修)、139・140、下部にテープ補修。pp135・136、下部に大き目の欠損(イタい!! イタ過ぎる〜!!)。pp39・40、下部にコマにかかる大き目の裂けあり。切れ多数。後の見返し欠如。最終稿の新刊案内に書き込みあり。

2012年6月30日〜7月31日 執筆
2016年1月26・30日 ページ作成・加筆訂正

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