藤岡辰也『見えない恐怖』(1975年9月30日発行)

「主人公は、山本信也。ごく普通の少年です。
 信也が産まれる時に母を亡くし、それから、父と信也、婆やの三人暮らしでした。
 信也が中学二年の時に、父親が再婚します。
 母親に甘えたことのない信也は、新しい母親に胸を躍らせます。
 母親は非常に美しく、信也は夢中になります。

 が、母親には秘密がありました。
 信也が産まれる前のこと、信也の父親は自動車事故で土方を死なしてしまいました。
 その土方には、たった一人の身内の女の子がいまして、その女の子は信也の父親を憎悪の眼差しで睨みつけ、行方不明となったのでした。
 その女の子が成長し、復讐の為、山本家に乗り込んできたのであります。

 そして、この母親の復讐の方法というのが、アナログな「呪い」。
 しかし、侮ってはいけません!!
 母親が用いる「髪毛三唱」という呪いは、古代ギリシア発祥の由緒ある呪いなのでありました。
 その方法とは、「穴のあいている玉かコインを髪の毛に吊るし、相手の名を唱える。すると…やがて静かにゆれ始め、ペサメノス(死ね)を三回唱える。それを何度もくり返すうちに、相手は苦しみ、この世を去るのである」のだそうです。
 ちなみに、母親はこの呪術に五円玉を吊るして、やっておりました。必要なのは、相手の髪の毛と五円玉。何とも低コストな呪術でございます。

 婆やは、母親の呪術を見抜き、やめるよう説得しますが、復讐心の塊になっている母親には通用しません。
 あまりの恐ろしさに暇を取ろうとする婆やですが、母親が先手を取りました。
 婆やが寝ている隙に、髪毛三唱の呪いをかけ、婆やは二階の部屋から飛び降ります。
 今際の際に、婆やは「十…十五年前の……じ…うぐ!!」と言い残し、事切れるのでした。
 婆やの不審死は、母親が婆やは手癖が悪かった云々と言ったことである程度は説明がいったのですが、最期の言葉がどうしても引っかかるのでありました。

 婆やの変死は学校で噂になりますが、それだけにとどまりませんでした。
 信也も父親も体調に異変を感じ始めていたのです。
 しかも、信也の場合は、母親が「おまじない」と称して、「髪毛三唱」の呪いをかけていたのでありました。
 そのうちに、父親は会社で心臓発作を起こし、急死。
 婆やの死に次いで、父親の死は信也に大打撃を与え、急激にやつれてしまいます。

 もはや信也にとっては、母親だけが心の支え。
 しかし、友人の持っていた「呪い術入門」(注1)に母親の「おまじない」と同じ方法の「髪毛三唱」の呪術を発見します。
 信也は、母親にこの事を問いますと、母親の「おまじない」は母親がつくったもので、インチキだと言います。
 母親の返答に何の疑いも持たず、すっかり安心する信也。
 しかし、母親はここで心の迷いが出てきます。
 死んだ父親の復讐の為、今まで心を鬼にしてきましたが、信也には何の罪もありません。
 そこに、死んだ父親の怨念が姿を現し、「このうらみを忘れるな!!」とハッパをかけます。
 母親は、「愛情」をなくしてまでも、復讐を遂げることを誓うのでした。

 そして、学校でのこと。
 信也は休憩時間に急に眩暈に襲われ、視界が歪んでいきます。
 いつの間にやら、信也は学校の屋上の鉄網の外に突っ立っており、大騒ぎ。
 信也は自失の状態で、遠くを見つめたまま、フラフラしております。
 影には、母親の「髪毛三唱」の呪いがありのでした。
 間一髪のところで、先生に引き止められ、母親の呪いは失敗。信也には何の記憶がありませんでした。

 信也の事を心配して、級友達が信也の部屋を訪れます。
 級友の一人が、信也の母親が来てから、おかしなことが立て続けに起こる、呪いではないか?という旨、言うと、「よくもお母さんの悪口をいったな」と、信也は激昂して、級友に掴みかかります。
 信也のあまりの剣幕に級友達は退散するのでありました。

 その夜、信也が目覚めると、母親が信也のベッドの横で「髪毛三唱」の呪いをかけておりました。
 真相を明かす母親。
 母親の愛情が偽りだったことに愕然とする信也。
 しかし、真相を知った信也は逆に開き直ります。
  「いいよ…僕、呪われたって…でも、僕はそんな呪いなんて信じないよ」
 母親が呪いをかけているそばで、信也は「父親の死は以前からの持病で、呪いなんかじゃない」と諭し、「大好きなんだ、母さん…」と訴えます。
 が、呪いは信也の身体を蝕み、信也は胸を押さえ、倒れ伏すのでした。
 その時、母親の呪いを邪魔するかのように、部屋の中のものが勝手に飛び回り始めます。
 一冊の本が手に当たり、肝心のコインが手を離れます。
 コインは信也の手に入り、それを奪い返そうとしますが、信也は放しません。
 渡さないのなら、最後の手段、信也を扼殺しようとします。
「そんなに僕が憎いの…こんなに…母さんを…好きなのに…」
「…憎い。あんたなんか…大嫌いだよ」
 と、母親が指に力を入れた時、窓ガラスが割れ、破片が母親の喉元に突き刺さります。
 自力でガラスの破片を抜いた母親ですが、奇声を発して、二階の窓から飛び降りてしまうのでした。
 信也が母親のもとに向かうと、今までの妄執が抜けたのか、母親の死に顔はとても安らかに見えました。

   そして、この話の聞き手である作者のまとめ。
「呪いというものはうらみがつのって、やがては執念となっておこるものです。
 しかし、最後の部分で少年を助けるかのように室の中の物が勝手にとんだり……そして少年の命がすくわれたとするならー
 それは何よりもまさるもの…
 少年の母に対する愛情の強さではなかったのでしょうか…」
 おしまい」

 アレ?…少年が母親を愛しているのなら、母親をブチ殺すようなことはしないのでは…?という疑問がわいてきます。
 が、ここは「人を呪わば穴二つ」という俚諺のある通り、、人を呪い殺しておいて、幸せになれるわけがないだろう、という作者の考えなんでしょう。安らかな死に顔だっただけでも、ハッピーエンドなのかもしれません。
 でも、主人公にしてみれば、最後の最後まで踏んだり蹴ったりでありまして、悲惨の一言に尽きます。
 
 ちなみに、このマンガの最大の売りは、呪いをかける母親の描写があまりに凶悪であることでしょう。
 画像を続けて見ていただければお分かりと思いますが、最初はかなりの美人なのに、呪いをかける度に、目つきはやばく、顔はむくみまくり、最後にはプロレスラー並みに筋肉ムキムキ(首の太さが尋常でありません!!)になっております。
「髪毛三唱」の呪いは低コストかつ効果抜群である代わりに、代償も恐ろしいものでありました。
 まさしく、呪い術における「アナボリックステロイド」!!(一昔前に、スポーツマンが筋肉増強剤として用いて、大問題になった時期がありました。)
 このまま、ドーピングを続けていたら、ダイナマイト・キッドやスーパースター・ビリー・グラハム同様、深刻なことになったはずです。安らかな死に顔だっただけでも運が良かったかもしれませんね。
 皆様も「髪毛三唱」の呪いを用いる際には、濫用には是非是非ご注意くださいませ。

 最後の最後に、表紙で「頭の上でろうそくを燃やしている主人公」に関しましては、内容と全く関係がありません。
 ただ、藤子不二雄A先生の『ブラック商会変奇郎』の表紙でも主人公が頭の上でろうそくを燃やしていましたので、「呪い」を象徴しているのかもしれません。頭の上でろうそくが燃えていれば、確かに「見えない」ですしね。
 まあ、単に見た目のインパクトを狙っただけかもしれませんが、味わいのある表紙でございます。
 個人的には、ひばり書房の黒枠の中で、ベスト・テンに入る表紙です。

・注1
 子供向けの入門本は、古より綿々と続いておりますが、1970年代には途轍もなくカオスなブツがあったようです。
 学研の『ジュニア・チャンピオン・コース』や立風書房の『ジャガーバックス』が有名ですが、極めつけは『ドラゴン・ブックス』(何と講談社!!)
 某Mマンガ専門店のガラスケースの中では十万円近くする『生き残り術入門』『飢餓食入門』を手始めに、『世界海賊百科』『暗黒の帝国を解剖する 秘密結社』『ミイラ大百科』『悪魔全書』
 ……うん、『呪い術入門』があっても、おかしくないわ。
(参考文献『活字秘宝 この本は怪しい!!!』(洋泉社MOOK/1997年12月20日発行))

・備考〜貸本

平成26年5月6日・11日 執筆
平成26年5月12日 ページ作成

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