中島利行(関晴彦(注1)・原作)『のろいのオルゴール』
(1968年10月1日発行/講談社「なかよし」第14巻第12月号付録)



 中島利行先生に関しましては、現在、すっかり忘れ去られております。
 昭和30年代に、講談社の少女雑誌「なかよし」に「ナナ子よ」「小リスちゃん」といった少女マンガをヒットさせていたようです。
 ただし、どの作品も単行本化されなかったようで、すっかり忘却の淵に沈んでしまいました。
 昭和漫画らしい達者な描写はこのまま埋もれさせるには、非常に惜しいと思います。
 特に、「小リスちゃん」は今や日本のお家芸にまで登りつめたスケートを扱ったマンガです。(講談社の担当者の方々、復刻してみては如何でしょうか? 意外に喜ぶ人が多いと思います…いや、思いたいなあ…。)
 そんな中島利行先生が「なかよし」付録で残した怪奇マンガです。
 この作品以降、中島先生の作品を目にすることはまれとなり、非常に残念です。
 しかし、残念がる前に、積極的に作品を評価することから始めましょう。

「主人公は、相沢正美。
 母と二人の母子家庭です。
 正美は美容師の卵。母親は着物の仕立てを生業にしております。
 そこまで裕福ではありませんが、互いに協力し合って、仲良く楽しく暮らしております。

 正美の勤めている美容院は毎日大繁盛。
 見習いの正美は院長や先輩の指図に、目の回る忙しさです。
 そこに現れた不気味な老婆。髪を洗ってくれと言われます。
 どれだけ薄気味悪かろうが、お客様には違いありません。(注2)
 院長には適当にやれと言われつつも、丁寧かつしっかりとシャンプーしました。
 老婆を見送り、ほっとする正美のもとに老婆が戻ってきます。
 老婆は正美に「親切にしてくれたお礼だよ」と風呂敷包みを渡すのでした。

 さて、正美が家に帰りますと、母親は繕い物の真っ最中。
 急な仕事を頼まれ、明日までに着物を仕立てなければなりません。
 しかし、見ごろ(「着物の袖・襟・おくみなどを除いて、からだの前後をおおう部分」(「角川新国語辞典」より))を縫っていると、脇腹が痛くなり、袖を縫っていると、今度は肩が痛くなってきます。
 訝りながらも、原因不明の痛みに耐えつつ、母親は徹夜で着物の仕立てを終えるのでした。
 翌日、着物を受け取りに来たのは、その前の日に正美の勤めている美容院で髪を洗った老婆でした。
「ちょっとおめしになってみます?」と言われても、断り、
「おまえさんのうでのたしかさはひょうばんがいいからね
 だいたいおまえさんの家は昔から手さきがきようなんだ
 昔っから……ね 手さきがきようなんだよ」
と、意味ありげなものの言い方をします。
 意表をつかれた母親に、老婆は「にたり」と笑いかけ、お代を渡して、老婆は立ち去ろうとします。
 立ち去ろうとする老婆に母親は「その布地はなんていうんでしょう わたしはじめて見たものですわ……」と問います。
「この布地かえ…これは……鬼界島おりというのさ」
と、答え、気味悪く笑いながら、立ち去るのでした。

 その晩、正美が仕事から帰ると、母親は一心不乱にオルゴールに聴き入っております。
 オルゴールは昨日、正美が老婆からもらった風呂敷包みの中身でした。
 正美には古臭く、陰気なメロディーにしか聴こえませんが、母親には素晴らしい曲に聴こえるようです。
 しかも、母親は昼頃から今までずっとオルゴールに聴き入っていたのでした。
 正美は母親にあきれながら、オルゴールを手にしますが、意外なことに気づきます。
 オルゴールにはネジがなく、ネジを巻いていないのに、鳴り続けることに…。
 正美は釈然としないながらも、夕飯となり、うやむやになります。
 その光景を窓から窺う老婆の姿があるのでした。

 数日後…。
 母親は一日中、オルゴールを聴いていることが多くなり、仕事も手つかずのまま。正美は悲しみます。
 それどころか、夜中にこっそり起き出して、オルゴールのメロディーに合わせて、「ふしぎなおどり」を踊っております。
 悪夢を見て目覚めた正美は母親を気づかせようとしますが、オルゴールの蓋が閉じると、母親はその場に倒れてしまいました。
「もうじきじゃ……もうじきじゃ……」と窓から覗き込む、怪しげな老婆の姿。
 正美は窓を開け、あたりを見回しますが、老婆の姿はどこにもなく、慄然とするのでありました。

 寝込む母親の横で、正美はオルゴールに「なにかのろいがかかっている」ことを確信します。
 そして、窓外にいた謎の老婆…「もうじきじゃ もうじきじゃ…」という言葉が頭を離れません。
 正美はオルゴールを捨てようとしますが、母親は「いけない もっと悪いことがおこるかも」と必死に止めに入ります。
 その時、オルゴールは正美の手を離れて、玄関に落ちます。
 衝撃でオルゴールの蓋が開くと、竜巻のようなものに正美と母親は巻き込まれてしまうのでした。

 二人が意識を取り戻すと、そこに「けけけけけけ」と高笑いする、あの老婆がいました。
「いったいここは?」と正美が問うと、
「ここはなあオルゴールのなかだよ」との答え。
 そして、二人が老婆に見せられたのは、木製の巨大な歯車を人力で回している人々と、その人々に鞭を振るう老婆の姿なのでありました。
 あまりの光景に驚愕する二人に老婆は説明します。
「オルゴールの歯車をうごかしているのさ いく人もの人間があせまみれになりながらな」
 そして、その理由は「ばつじゃ うらみじゃ ふくしゅうじゃい!」とのたまいます。

   その復讐とは…時を遡る事200年前…
 とある地方に、気まぐれな若殿様がおりました。
 殿様は西洋のオルゴールの噂を聞き、城下でも一二を争う大工を二名呼びます。
 一人は、正美たちのご先祖様である、慎太。
 もう一人は、老婆の息子の栄作でした。
 二人は殿様にオルゴールを作るよう言われ、一週間の猶予を与えられます。
 殿様の命令ですから、命がけ。二人は必死になってオルゴールをつくるのでありました。
 一週間で二人とも何とかオルゴールを完成させ、さて、お披露目の日。
 慎太のオルゴールは無事に鳴り、殿様もご満悦の様子。
 しかし、栄作のオルゴールは、どこか調子が悪かったのか、鳴ろうとしません。
 気分のムラの激しい殿様の不興を買い、栄作は手打ちとなるのでした。
 慎太は褒美をもらい、栄作の母親(老婆)は悔しさと悲しさに身も張り裂けんばかりで、全てを呪うのでした。
 とは言え、慎太も無事では済みませんでした。
 殿様はオルゴールが同じ曲しか奏でないことに立腹、侮辱されたと、慎太の一族は島流しとなってしまいます。
 そのに現れたのが、栄作の母親。
 慎太を島流しにするのなら、自分をその島の監督者にしてほしい、との願いです。
「うらみかさなる慎太の身うち このばばあがぞんぶんに苦しめてやりまする」
 殿様も「ふふふ おもしろい」と任命するのでした。
 そして、島では、老婆が慎太の一族を休む暇なく働かせます。
 絶え間のない重労働に、一人力尽き、また一人と力尽きていきます。
 家族を全てなくした慎太の息子は、老婆を殺そうとしますが、モリで突き刺された老婆は平然とモリを抜きます。驚いて、その場を逃げ出す慎太の息子。
「わしのふくしゅうがすむまで、わしのからだに悪魔がのりうつったのじゃ
 おまえは生かしておいてやるわ おまえをころせば慎太の一族はほろびてしまう
 わしはおまえの子孫までのろいつづけるのじゃ」
 そして、嵐の夜、慎太の息子は船で島から脱走。
 慎太の息子は奇跡的に助かり、各地を転々とします。
 そのうちに、結婚もし、子供にも恵まれるのですが、老婆の呪いを忘れられなかった慎太の息子は、泣く泣く子供をもらい子として、あちこちに散り散りにさせたのでした。

 しかし、老婆は慎太の子孫を一人一人探し出し、オルゴールの中に閉じ込めていきました。
 そして、正美と母親も歯車を回す仕事に駆り立てられるのでした。
「夜なのか昼なのか…
 とにかくたおれるまで 歯車をまわしつづけ
 少しでも休むと おそろしいむちがなります…」
 やせ衰えた老人だろうと病人だろうと、容赦ありません。
 憤る正美ですが、隣の老人に、老婆に逆らわないよう諭されます。
「このオルゴールのなかではあのばあさんはぜったいだからね」
 さて、正美と母親が桶から柄杓で水を飲んでいるところに、老人が水を飲みにやってきます。
 老人は二人が新入りと見て取ると、今、何年か?と聞きます。
 正美が1968年と答えると、老人は急に嬉し泣きを始めます。
 理由を問うと、「あと五年でわしはやっと死ねる」と答えます。
 このオルゴールの世界では死ぬことができず、老婆の腹三寸によって、百年、二百年、三百年…下手をすると、死ぬこともできず永久に、オルゴールの中で働かされるのでした。
 老人は195年もこのオルゴールで過ごし、あと五年の辛抱なのです。
 そして、正美と母親は、老婆に親切をしていたので、一番軽い「百年」コース。
 百年もオルゴールの中で働かされる…「考えるだけでもおそろしい」と正美は戦慄します。
 そこに、老婆の鞭がとんできて、三人は歯車を回す仕事に戻るのでした。

 額に汗を幾粒も浮かべ、歯車を回す正美の手許で鞭が鳴ります。
 顔を上げると、老婆が呼んでおりました。
 老婆は正美に髪を梳く(す・く)よう言いつけ、梳いてもらって気持ちよさそうです。
 その時、歯車の所で痩せこけた女性が「ううう」と唸りました。
「うるさいやつめ! それ むちよ うなれ」と老婆が言うと、鞭が生物のように動き出して、呻いた女性を打ち始めました。
 老人が女性を介抱して、唸らないようにすると、鞭は自動で老婆の側に戻ってきます。
 正美が鞭をよく見ると、それは老婆の白髪を束ねたものでした。
 髪を梳き終えると、老婆は立ち上がり、「わしはそろそろ出かける」と言います。
「出かける?どこへ」と正美が尋ねると、「ひひひ……おまえたちのぜったいにいけないところにさ」と答えるのでした。
 その答えを聞き、正美は、オルゴールから外の世界に通じる道があることに気づきます。
 はしゃぐ正美に、老人は出口はあるが、誰も脱出に成功していない事を話します。
「…道はいく通りもあって、そのうえ、いくつにもわかれている」
 そして、脱出に失敗した者は皆、死ねない罰を受けてしまったのです。
「でも、やってみなくっちゃ」と正美は、老婆のあとをこっそりつけます。
 そして、陰から見ていると、老婆の白髪がわさわさと浮き上がり、髪の毛に引っ張られるようにして飛んで行ったのでした。
 あまりの光景に呆然とする正美。
 胸に手を当てると、お守りを身につけていることに気づきます。
 それは、戦争で亡くなった父親が残したものでした。
 中を見てみると、古い小さなはさみが一つ…「これがおまもりだなんて?」と不思議に思います。
 老婆のいない間は休憩時間なので、母親に正美は呼ばれます。
 正美は母親のもとに駆け寄り、「わたし あきらめないわ。おばあさんの悪魔の力はあのかみの毛にあるんだわ」と弾んだ声で言います。
 そして、ある計画を老人の耳元でこっそり話すのでした。

 数日後、正美は老婆に髪をすきましょうか、と歩み出ます。
 それじゃ、と髪をすいてもらう老婆。
 髪を梳きつつ、正美は車輪を回している老人にウィンクで合図します。
 途端に、うずくまって、苦しみ始める老人。
 老婆の命令で、老人は鞭に打たれます。
 その隙に、正美はお守りの中のはさみで、こっそり老婆の白髪を切っていくのでした。

 老婆は外の世界に出かける前に、髪を梳いてもらうのが習慣になります。
「髪を梳く→老人が苦しんだ振りをして、鞭打たれている間に、白髪を切り取る」ことを繰り返し、正美の懐に一巻きの白髪が溜まりました。
 しかし、散々に鞭で打たれた為に、老人は満身創痍。
「あと五年で死ねるんだ。これぐらいがまんできるさ」と微笑むのでした。

 さて、遂に脱出計画を実現に移す日が来ました。
 いつものように正美は老婆の髪を梳いていますが、老人は起き上がることもできない状態です。
「なんじゃ きょうはいつものようにうならないのかい じいさん」
 と、老婆が老人を見つめます。
 息を呑む正美と老人。
 その時、正美の母親が身を折って、苦しみ悶え始めます。
「へっ きょうはじいさんのかわりに おまえのかあさんがうなったよ」
 正美の母親の身に鞭が唸り、母親の顔は苦痛に歪みます。
 その時を利用して、正美は自分の懐の中の白髪の一端を老婆の髪に結びつけるのでした。

 その事には気づかずに、老婆は外の世界に飛んでいきます。
 正美と母親、老人の三人は、暗闇の中を白髪だけをたよりに進んで行きます。
 しかし、途中で白髪は尽きてしまい、三人は狼狽します。
 そこに、明かりが見えました。
 三人が光に向かって駆けると、光の向こうは「外の世界」でありました。

 ここは家の玄関。抱き合って喜ぶ正美と母親。
 老人は一歩身を引くと、正美に向かって、涙を流しながら、手を合わせます。
「もう195年生きてきたわしじゃ これでおわかれじゃよ」
 と、二人の幸せを祈りながら、消えていくのでした。
 そこに「ぎゃあああ」という奇声が聞こえ、老婆が右手に斧を構え、鬼の形相で迫ってきます。
 驚いた拍子に正美が投げつけた、お守りのはさみが老婆の喉に刺さりました。
「ぎゃあっ」という叫びが上がり、老婆は倒れ、その姿は骨になり、朽ち果てます。
 それと同時に、オルゴールも消滅していったのでした。
 正美は悟ります。
「このはさみ…
 慎太という先祖の大工さんがのちの世のわたしたちにのこしてくれた たった一つのまもりものだったのね(注3)
 これでなにもかものろいがとけたわ」
 正美と母親は久々に外の空気を吸って、リフレッシュ。
「オルゴールの中にいた人たち どうなったかしら」
「安心おし みんな長い苦しみから解放されて 天国で喜んでいるにちがいないわ」
「そうね…きっと、そうね…」
 正美は母親に寄り添い、青空を見上げるのでした。

 最後に、
「……もし あなたがねじをまかないのになりつづけるオルゴールを見つけたら
 このようなおそろしいめに あうかもしれません…………」
 おしまい」

 昭和40年代の子供向け雑誌(「なかよし」「りぼん」「小学○年生」等)の付録に、読み切りの怪奇マンガがいくつかあります。
 付録と言えども、講談社・集英社・小学館といった大手の出版社が出しているものですから、執筆陣も当時の人気作家がほとんどで、絵・内容共々しっかりしております。  ただ、あくまでも怪奇マンガですので、よほどの人気作家のもの以外は単行本化されておりません。(注4)
 私、この「のろいのオルゴール」を一読した時、付録の怪奇マンガの中にまだまだ「お宝」が隠されているのではないか?と目からウロコが落ちました。
 関晴彦・原作となっておりますが、「オルゴールの中に閉じ込められ、木製の歯車を押す」という、ぶっとんだストーリー、また、非常に洗練された絵(なかなかオシャレなのでは?)は意外やストーリーにマッチしており、読ませます。
 実際、このストーリーは楳図かずお先生や古賀新一先生が描いても、しっくりこないと個人的には思います。それなりに良質な作品になるでしょうが、恐らく「陰惨さ」が目立って、日本独自の湿度を持った、暗い作品となるでしょう。(それはそれで読んでみたいものでありますが…。)
 暗く湿った作品を、子供向けマンガで培った明るい絵柄で中和させ、怪奇色を減退させる代わりに、ストーリーの「奇想」を際立たせているように感じます。
 そして、その「奇想」を荒唐無稽で終わらすことなく、妙な説得力を持たせる、絵の表現力(注5)……当時の怪奇漫画でこの水準までいったものって数少ないのではないでしょうか?
 講談社の方には、このネット社会、ダウンロード販売して、読めるようにしたら、如何でしょうか?
 講談社様にも読者にも、決して損にはならないような気がします。
 もし、この拙文を目にする機会がありましたら、是非ご検討ください。
 また、完全に埋もれてしまっている、子供向けの怪奇マンガの復刻に関しましても、前向きにご検討いただければ、まさしく僥倖の至りであります。

・注1
 関晴彦先生に関しましては、謎であります。

・注2
 偉いなあ。
 個人的には「お客様は神様です」なんてクソ喰らえです。
 多少の銭を出せば、勝手が通ると思っていやがる奴等、好き放題してかまわないと思っている奴等。
 反吐が出そうです。
 やはり、私、接客業には向いていませんね。

・注3
 だったら、こんなことになる前に、さっさと使えよ…。

・注4
 例外は、古賀新一先生でしょう。雑誌掲載作品は、後に、ひばり書房によって、ほとんど単行本化されております。
 楳図かずお先生に関しましては、私の財力では昔の漫画が入手できませんので、よくわかりません。

・注5
「絵」の力でもって「奇想」を活写し尽くしたのは、私の知る限り、ムロタニツネ象先生と伊藤潤二先生しかおりません。
「富江」シリーズでのみ有名ですが、私見ですが、そこに先生の魅力はありません。
 先生の傑作は、基本的に短編にあります。
 思いつくまま、挙げてみても「首吊り風船」「墓標の町」「トンネル奇譚」「ご先祖さま」「寒気」「ファッションモデル」…まだまだ、たくさんあるんですが、タイトル忘れました…。
 それから、長編というより、短編を積み重ねていく感じの「うずまき」「死びとの恋わずらい」「ギョ」も傑作です。
 ストーリーに無理が出てくると、ストーリーをひん曲げてでも納得させ、その挙句、前人未到の次元へと突き進んでいくという「豪腕さ」。
 ぶっとび過ぎて、ワケのわからなくなった「地獄星ミレナ」という大怪作もありますが…。

平成26年2月初旬 執筆
平成26年2月9日 ページ作成

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