成毛厚子「水迷宮D」(1989年6月20日初版第1刷発行)

 収録作品

・「嗤う女」
「雨の夜、サラリーマンの西崎はネオン街の路地裏で男女が争っているのを目にする。
 痴話喧嘩かと思いきや、男は女の首を絞め、西崎が止めに入ると、男はその場から逃走。
 女の名は菜穂子といい、男に捨てられ、家もなく、彼は女を自分のマンションに連れて行く。
 菜穂子はあんなことがあったのに実に屈託のない不思議な笑顔を見せ、彼はその笑顔に惹かれ、二人は同棲生活を始める。
 また、彼女は健康食のプロで、彼の健康管理に徹底して励む。
 最初のうちは彼は菜穂子に母性を感じるも、その押し付けがましいところが徐々に耐えがたくなる。
 しかし、その頃には彼の体は普通の食べ物は受け付けなくなっていた。
 菜穂子は彼の体が心配と話すが、その真意とは…?」

・「生き餌」
「両親を亡くした後、香川姉弟(姉は22歳、弟の晋は8歳)は天涯孤独の身となる。
 姉は教員免許を持っていたので、教師として働き、弟を一人前に育て上げる。
 弟の晋が22歳になった時、彼は結婚したいとある女性を姉に会わせる。
 その女性の名は関口野枝(29歳)でスナックで勤めていた。
 彼女に会った時、姉は彼女から「むせるような動物性のきつい香り」を感じる。
 野枝は姉弟の生活に遠慮なく入り込んできて、姉は眉をひそめるも気にしている様子は全くない。
 姉は野枝の口に牙のようなものを見たような気がして、彼女の正体を突き止めなければならないと感じる。
 野枝が普通でないという姉の確信は深まっていき、ある時、彼女と別れるよう晋を諭すのだが…」

・「残像」
「横谷和美は中学校の同窓会に出席する。
 彼女は中学二年の時に東京に引っ越したため、クラスメートと会うのは十二年ぶりであった。
 二次会のスナックに向かおうとした時、彼女はクラスメートたちとはぐれ、見知らぬ老婆と出会う。
 老婆は彼女を案内してくれるも、着いたのは豚や鶏を放し飼いにしている荒れた民家であった。
 彼女はこの家は和美のクラスメートだった柳川の家で、あの老婆は彼の唯一の肉親だった祖母だと気づく。
 柳川は青白く陰気な男子生徒で、和美に執拗な想いを寄せていた。
 しかし、彼女に交際を迫り、「臭い」と断られたことをきっかけに、彼は風呂場に閉じこもり、一日中、石鹸や消毒液で体をこすり続ける。
 皮膚はボロボロになり、薬を付けてもかぶれたため、彼はますます体を洗い、悪循環に陥る。
 二か月後、彼は悲鳴を上げて自室に閉じこもり、いまだに出てこなかった。
 祖母は和美に部屋の中の彼に声をかけてくれるよう頼むのだが…」

・「箱」
「デリヘル嬢(注1)の西原アイ子の今晩のお客は奇妙な老人であった。
 彼は箱を大事そうに抱いていたが、それは「願い箱」だと言う。
 老人いわく、この箱に夜、大切なものを入れて、願い事をすると、翌朝にはどんな願い事でも叶っているとのことであった。
 お楽しみの後、アイ子が老人の財布を物色していると、老人がいきなり背後から首を絞める。
 彼女が抵抗すると、老人は倒れた拍子に頭を打ち、あっさり死亡。
 ホテルから逃げたアイ子は自分のバッグの中に願い箱が入っていることに気付く。
 彼女は簡単なものから試し、「願い箱」が本物であることを確信する。
 彼女はこれを使って自分の夢を叶えようとするが、その代償は…?」

・「彼女の部屋」
「牧原みゆきの兄、昌夫は家というものの重圧に耐えかね、礼子という人妻と駆け落ちする。
 一年後、みゆきのもとに変名で兄から手紙が届く。
 兄夫妻は名古屋のアパートに隠れ住み、兄は骨董鑑定の道に進んでいた。
 彼は鑑定修行のため、一ヵ月欧米に行くため、その間、妻の礼子を訪ねてほしいとみゆきに頼む。
 みゆきはちょうど夏休みで早速、名古屋の礼子を訪ねる。
 礼子はみゆきを歓迎してくれるが、どうも様子がおかしい。
 それは隣人によるものらしく、付き合いはないのに妙にこちらに関心を持っているらしく、みゆきが訪ねた時には壁をドンドンを叩いていた。
 兄に頼まれ、みゆきはなるべく礼子と一緒にいるようにする。
 ある時、彼女は隣人の坂口の部屋を見る機会を得る。
 その部屋で彼女は奇妙な印象を得るのだが…。
 坂口という隣人の正体は…?」

 成毛厚子先生がノリにノッていたのでしょうか、優れた短編揃いの短編集です。
 ただ、五話のうち、精神病院の独房で終わる話が三つもあるのがちょっと引っかかりますが…。
 ともあれ、個人的ベストはブラザーコンプレックスによる異常心理を描いた「生き餌」。
 こういうどろどろした女性の複雑な心理描写はやはり、同じ女性作家の方が説得力が違います。
 女性は子供を産むために体内に「空虚」を抱え込んでおり、それを埋めようと、良くも悪くもいろいろなものを取り込もうとするのがその原因かも…と私は根拠なく考えておりますが…。(でも、実際のところは、私は男なのでわかりません。)

・注1
 作中では「デートクラブ」と書かれてるけど、やってることは多分、似たようなものだったはず。
 ただ、私は性風俗については詳しくないので、その道の鉄人の方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけると幸いです。

2025年6月16日 ページ作成・執筆

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