北杜太郎「入魂譚」(1963年6月17日発行/170円)

 この作品には、非常に魅力的な要素があります。
 それは「地獄巡り」。
「地獄」を扱った漫画ってありそうで少ないです。  恐らくは、地獄を描写するには、かなりの想像力が必要だからでありましょう。
 締め切りが何よりも恐ろしい漫画家諸氏にとって、そんな七面倒臭いことをやっている暇はありません。
 しかし、北杜太郎先生は無謀にも「地獄」という題材に挑みました。
 そして、内容の「支離滅裂さ」に更に拍車がかかってしまったのでありました…。

 とりあえずは、内容の紹介をいたしましょう。

「舞台は、とある山地。もうすっかり夜更け。
 一人の若い侍、青山精四郎が人家の明かりを認めて、宿を請いに行きます。
 そこには、一人の老婆が住んでおり、精四郎を温かくもてなしてくれます。
 しかし、精四郎が老婆の甘酒を飲んだ途端、意識を失ってしまうのでした。

 実は、この老婆、お幻婆は魔術師で、冥府の閻魔大王に、娑婆から若く屈強な青年を冥府に送るよう、依頼されていたのです。
 そこへ、飛んで火に入る夏の虫、精四郎はお幻婆の術によって、魂を抜かれ、冥府へ向かうことになります。
 冥府の入り口には両腕・両足のない、だるま男がいました。
 だるま男の案内で、冥府への扉をくぐった精四郎は、闇の中を果てしなく堕ちていきます。

 精四郎は冥府の道を進んでいきます。
 そこは暑く、精四郎は喉の渇きに耐えかねます。
 ふと見ると、ごつごつした岩場の中央に水溜りがあります。
 駆け寄り、水たまりに口つけて飲む精四郎ですが、その水が毒であることに気づきます。
 万事休す、精四郎の周りを、ミカンの皮のような触手が取り囲んでおりました。
 その触手に包まれ、押さえ込まれようとしたところを、精四郎は気力で脱出します。

 瀕死の精四郎ですが、そこに現れたのは地獄の徘徊者。
 地獄にも行けず、娑婆にも戻れず、永遠にその狭間を彷徨する者です。(ちなみに、それ以上の説明はありません。)
 徘徊者は精四郎を手当てしてくれ、また途中まで案内してくれます。
 そして、地獄の妙薬水が入っているという瓢箪をくれるのでした。

 精四郎の行く手にはまだまだ困難が待ちうけております。
 まず、谷間を進んでいると、前後を塞がれ、足元から油が噴出してきます。
 どうやら、ここが地獄の釜らしく、このままでは溶かされてしまいます。
 そこで、精四郎は二本の刀を交互に岸壁に突き刺し、釜から逃れます。

 しかし、ここで地獄の番人である鬼達の目に留まり、彼らの追跡を受けることになります。
 鬼達は、精四郎を只者ではないことを見抜き、精四郎がダウンするまでしつこく尾行してきます。
 後をつけてくる鬼達を鬱陶しく思いながら、精四郎が入り込んだのは、灼熱とガスの原。
 恐ろしい熱気が精四郎を襲い、さすがの精四郎も意識朦朧です。
 そこへ鬼達が亡者を噴火口の中のマグマの中にどんどん突き落としていく光景を目にします。
 さすがにここは危険だと悟り、精四郎は引き返そうとしますが、ガスにやられ、気絶してしまうのでした。

 精四郎をつけていた鬼達は、精四郎を牛魔大王のもとへ運びます。
2  牛魔大王は、精四郎を「牛地獄」にかけよ、と命じます。
「牛地獄」とは、中が空洞の鋼鉄製の牛であります。
 精四郎は上部の入り口から中に入れられると、下の方から火が燃やされます。
「熱くなれば中でわまくだろう それが牛のなき声そっくりにきこえるわ」と牛魔大王の言。(注1)
 鋼鉄製なので、中はまさに灼熱地獄。
 焦る精四郎のもとに、地獄の徘徊人が現れます。徘徊人は、以前に手渡した地獄の妙薬水をぶちまけるよう、精四郎に言うのでした。
 牛地獄が真っ赤に焼け、牛魔大王は中を検める(あらた・める)よう、獄卒に命令します。
 すると、中から、平然と精四郎が現れました。
 精四郎の不死身さに、慄然として、平伏す牛魔大王。
「わしは冥途までいかねばならぬ」と決意も固い精四郎を、牛魔大王は、輿に乗せて案内するのでありました。

 牛魔大王に案内され、冥府庁に、精四郎は到着します。
 冥府庁での代表者に会い、説明を受けます。
 閻魔大王の息女の賽の姫が原因不明の熱病でずっと寝たきりで、閻魔大王は悲嘆のあまり、身を隠してしまったとのこと。
 そして、長老の言うことには、娑婆の女性の生血を一人分飲ませれば、熱は下がるらしいが、冥府のものでは娑婆を行くことができない。
 そこで、娑婆より冥府の試練を乗り越えられる若者を探していたとのこと。
 精四郎は、冥府庁の代表者より、女性の生血を運ぶよう頼まれます。
(何故か)快諾した精四郎は「地獄の通行手形」を受け取り、冥府から娑婆へと帰るのでした。

 精四郎はお幻婆に会い、助手として蛇丸という男(人間かどうか不明)を紹介されます。
 二人はとりあえず、精四郎の故郷へ向かいます。
 そこには、精四郎のたった一人の姉がおり、三年ぶりに会おうとしていたところを、冥府に寄り道することになったのでした。
 夜になってから、二人は城下町に到着、目指す家の明かりも見えます。
 そこへ蛇丸が、
「(冥府帰りの者は)昼間はなんでもないが、夜になると怖ろしい幽鬼の相になりますぜ」
 と、精四郎に注意を促します。
 が、精四郎は姉にはそう見えはしない、と、姉の住む家の戸を叩くのでした。
 精四郎の姉は、精四郎の声に気づき、喜んで戸を開けますが、そこには鬼の形相をした男が立っています。
 取り乱して、助けを求める姉を、精四郎は背後から切り殺してしまいます。
 呆然としていた精四郎ですが、死体から血がどんどん流れ出るのを見て、「生血を集めばならぬのだ」と姉を斬殺したことなど、ちっとも気にしていないご様子。
 今夜のうちに生血を集めよう、と二人は決めるのでした。


 女子(おなご)一人分の生血を集めるには、三人の女子が必要というので、蛇丸はあちらこちらから就寝中の女子をさらってきます。
 精四郎は、血を集めるための準備をします。それは、斜めにした戸板の下部に樋を渡し、樋は壷へと続いているというもの。
 蛇丸がさらってきた女性を戸板に横たえると、着物を脱がすと、包丁で一突き、その後、ばらばらに解体。
 壷にどくどくと流れ込む生血。

 しかし、蛇丸が女性をさらうところを見かけた町民がいたのが、二人の破滅の始まりでした。
 町民は後をつけて、精四郎の姉の家を覗きます。
 あたりは血の海、そして、あちこちにバラバラの死体。
 吐き気をこらえながら、町民は番所に駆け込みます。

 女子一人分の生血を集め終え、お幻婆のところに戻ろうと精四郎と蛇丸がした時には、家は捕り方達に取り囲まれておりました。
 必死に抵抗するも、蛇丸は頭を打たれて気を失い、生血の詰まった壷は割れてしまいます。
 そして、精四郎も投げ縄にがんじがらめにされてしまうのでした。
 当然のことながら、精四郎と蛇丸は獄門。
 さらしものにされている首に、人々は石を投げつけるのでした。
 冥府帰りの人間はやはり特別なのでしょうか、精四郎と蛇丸は首だけになっても、生きております。(説明は一切なし!!)
 そこへお幻婆がやってきます。
 お幻婆は二人の失敗を責め、二人の首を杖に結わえ付け、その場を立ち去るのでした。

 お幻婆の小屋。
 お幻婆は冥府にお伺いを立てます。
 冥府庁の代表者も、精四郎と蛇丸の失敗にいたく立腹。
 娑婆の地獄の責め苦を味あわせよ、とのお達しです。
 お幻婆は、二人の生首をとある山頂の岩場へと運びます。
 夜が明けると、山頂に烏が集まってきて、二人の首は烏の餌食となるのでした。
 おしまい」

 う〜ん…ワケがわからねぇ…。
 魔術をかけられ、地獄を彷徨った主人公が、後半、生血を集める殺人鬼へと豹変するというストーリー、ぶっちゃけ、イカれています。
 分裂症的と言うか、バッド・トリップと形容するべきか……斯様に意味不明な内容は、個人的に、徳南晴一郎『猫の喪服』に肉薄すると思っております。
 が、徳南晴一郎の遠近の狂いまくった絵と違い、北杜太郎先生はしっかりとした画力をお持ちなので、「地獄巡り」描写はいささか印象が弱いかもしれません。
 その代わり、後半の女性の大虐殺描写は、露骨ではないものの、かなりの迫力。非常に陰惨でありながらも、日本的な泥臭さがなく、どことなくスタイリッシュな感もあります。
 とりあえず、この後半だけで、マンガ版『Last House on the Dead End Street』(米/1977年)(注2)だと、勝手に考えております。
 相変わらず、テキト〜言ってますが。

・注1
 これと全く同じな処刑方法が、古代ギリシア時代(か、ギリシア周辺の島国)であったように思います。
 NHKの海外ドキュメンタリーでこれを扱った番組を観た記憶があるのですが、詳細はすっかり忘れてしまいました。
 申し訳ない…。

・注2
 スナッフ・フィルム(殺人を映したフィルム)を撮る人々を描いたホラー映画という話ですが、未見です。(日本でもDVDが出たようです。)
 欧米では、昔からめちゃくちゃ評判の悪い映画でありまして、サイテ〜映画の中のサイテ〜映画、クソ映画の中のクソ映画として、悪名高いです。
 有名なのは、ラスト30分、人間を生きたまま、解体するシーンです。
 でも、やはり最強かつ最狂なのは、我が日本の誇る『ギニー・ピッグ』(監督は、あの日野日出志先生)でしょう。
 宮崎事件の影響もあり、日本では半永久的にソフト化は無理でしょうが、観てみたいなあ…。
(これまた未見です。田舎に住んでましたので、あんなものを置いてある酔狂なビデオ・レンタル屋さんはありませんでした…。)

平成26年3月下旬・4月6日 執筆
平成26年4月8日 ページ作成

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