池川伸治「花の百合子 毒の奇理子」(発行年月日不明/220円)

 今回のテーマは『特別料理』なのであります。
『特別料理』と言えば、スタンリイ・エリンの短編小説が高名。(注1)
 さてさて、その『特別料理』に使われる肉はと言えば、相場が決まっております。

 以下、内容の詳細です。
「冒頭、このマンガのヒロイン、百合子の独白で始まります。
『お金は毒です…花さえあれば、お金なんかいらないのに…』云々と、池川節が炸裂しますが、この百合子さん、大邸宅に住むお嬢さんであります。
(昭和40年代に、資産20億円だそうです…それだけ金持ってりゃ、世迷いごとを好きなほど、言えますわな。そんな人っているよね…。)
 両親は5年前に事故でなくなり、肉親は妹の奇理子のみ。

 その奇理子には奇妙な習慣がありました。
 食事はばあやの作ったものでなければ食べず、食事をするところは決して見せなかったのです。

 そんなある日、ばあやが交通事故に遭い、瀕死の重傷を負います。
 慌てて、じいやと共に病院にかけつける百合子と奇理子ですが、ばあやは虫の息でした。
 ばあやはじいやにのみ何事か告げ、息を引き取ります。

 物心つかない頃に両親を亡くし、おばあちゃん子だった奇理子の嘆きは大変なもので、それから三日間、奇理子は食事をとりませんでした。

 その間に、じいやは一人の若い女性を邸(やしき)に招き入れてました。
 じいやは百合子にその女性は料理の先生だと紹介します。
 そして、百合子にばあやの日記帳を出し、奇理子の食事に一日50万円かかることを説明します。
 訝る百合子ですが、料理の材料については、じいやは決して教えてくれませんでした。

 さて、その晩、じいやは料理の先生である女性(最後まで名前がでてきません…以下、「先生」でまとめます)と共に、奇理子のための料理に取りかかります。
 じいやの用意してきた材料の梱包を解くと、そこはやはり期待通りに、人間の腕。(画像を参照のこと)
 それを細かく刻み、味付けを施して、料理として奇理子のもとに運ぶと、奇理子はあっという間に平らげてしまいます。
 お代わりをせがむ奇理子を「食べ過ぎは身体に毒だから」となだめる先生でしたが、陰で「おそろしい…」と慄然とするのでありました。

 すっかり元気を取り戻した奇理子。
 そんな奇理子の姿を見て、じいやは料理の先生とともに今後の材料について考えを巡らします。
「世の中にはうでの一本や二本より金のほしいやつがいる」と、じいやは言いますが、そんなことをずっとやってはいられません。
 しかし、何とかしなければならない、とじいやは言います。
 何故なら、奇理子を二十歳まで育てることができれば、この屋敷の財産の一割、二億円がもらえるのです。
 そして、先生にも一千万円を分け前として渡そうと言います。
 動揺を隠せない先生。

 さて、奇理子の料理から出るゴミ…人骨…を裏庭に掘った穴に始末するじいやですが、その背後に忍び寄る影がありました。
 それは片腕の老人でありました。
 老人は50万円で片腕を売り、そのことでじいやを脅迫します。
 あと30万円と要求する老人に、じいやはある提案をします。
「お前の所のドヤ街には住所不定のやからがたくさんいるだろう。
 そいつらを一人百万円で買おうじゃないか?
 一週間に一人だ!」(原文ママ)
 老人は快諾し、取引は成立します。

 それから、奇理子の料理に興味を持った百合子は、奇理子にその料理をご馳走してもらうことになりました。
 しかし、一口食べると、その「腐った肉」のような味に吐いてしまいます。
 そんな百合子を尻目に、おいしそうにパクパク食べる奇理子。
 食事の後で、百合子はじいやに奇理子の料理について聞きますが、じいやは決して料理の材料について教えてはくれません。
 百合子は奇理子の料理にますます不信感を強めるのでありました。

 百合子は、若く、屈強な使用人のドラさんに、この秘密を暴くことに手を貸して欲しいと頼みます。
 翌日、ドラさんは片腕の老人が塀越に投げ入れた「料理材料」を発見します。
 百合子を呼び、二人で「料理材料」の中身を確認しようとしますが、その場に駆けつけたじいやに阻止されます。
 そこで、百合子はあとでこっそりと調べることにします。

 その夜、寝室を抜け出し、台所を覗こうとする百合子ですが、じいやが待ち構えておりました。
 じいやは「奇理子の料理については口を出さないで下さい」と懇願します。
「わたしはこの邸(やしき)の主として全てを知っておきたい」と百合子は主張しますが、「知ると不幸になるだけです」とじいやに言われます。
 そして、「もっと大人になったら全てを話します」と、じいやは立ち去るのでした。

 釈然とせぬ思いを抱きながら、百合子は寝床で横になっていると、ノックの音がします。
 ノックをしたのは、お手伝いさんでした。
 お手伝いさんが言うには、庭の外れの物置小屋に奇理子が閉じ込められているとのこと。
 二人が駆けつけると、物置小屋から奇声が響いてきます。
 中を覗きこむと、目の焦点のあってない奇理子が奇声を上げながら、小屋の中をうろつき、壁を掻きむしったりしておりました。
「見てしまいましたね」といつの間にやら背後にいる、じいや。
 じいやは、二、三日前から様子がおかしいので、ここに移したと説明します。
 明日にでも医者に診せるよう言う百合子に、じいやは一度は断るものの、しぶしぶ了承します。

 翌日、昨夜とは打って変わって、至って快活な奇理子の姿がありました。
 訝る百合子が奇理子に昨夜のことを尋ねても、奇理子は何も覚えていません。

 奇理子が食事に行った隙に、百合子はドラさんに台所のゴミ箱を調べるよう頼みます。
 待ち合わせ場所でドラさんを待ちますが、ドラさんは姿を見せません。
 おかしいと思い、台所に向かう百合子。
 そこにはこわい顔をしたじいやがおりました。
 台所に入らないよう言われても、じいやをクビにすると百合子は脅しをかけます。
 しかし、奇理子の料理はどうするんです、と、じいやも食い下がります。
 そんな口論の最中に、百合子は冷蔵庫から血が流れていることに気づきます。
 じいやが「しまった!!」と叫ぶのと同時に、冷蔵庫からドラさんの血まみれの死体が転がり出るのでした。

 百合子が警察に電話をした頃には、じいやは失踪。
 邸は警察でごった返し、百合子も数日、寝込んでしまいます。
 そんな中、奇理子はじいやがいなくなったことが不安でたまりません。
 先生に、料理はできるの?と聞く奇理子。
 先生は「だいじょうぶよ」と、なだめるのでした。

 さて、ほとぼりが冷めた頃。
 百合子はじいやが何故、あのような凶行に及んだか考えます。
 ドラさんが台所で「何か」を見たのだと推測しますが…
 その時、裏庭にいる先生の姿を見かけます。
 キョロキョロして、いかにも不審な様子。
 百合子は様子を見に行きます。
 すると、塀越に大きな包みが投げ込まれ、次いで、片腕の老人が塀を乗り越えてきました。
「じいさん、まずいことをやったらしいな」と言いつつも、「まあ、そんなことはどうでもいい」と、「材料」費の50万円を先生から受け取ります。(注2)
 しかし、次からは100万円になる、と、思いっ切り足元を見た発言。
 青くなる先生ですが、「もうこれきり」と言われれば、「何とかします」と言う他ありません。

 老人が立ち去った後、先生は独りで包みを引きずって台所に運び入れます。
 百合子も先生の後をつけて、窓から中の様子を窺います。
 包みの中から現れたのは、死んだ豚がまるごと一匹。
 拍子抜けした百合子は、「そんなブタ肉に50万円もはらったの?」と、窓から声をかけます。
 驚き、狼狽する先生ですが、この豚肉は普通に売っているものでなく、「特殊加工」したものだと説明します。

「料理材料」を実際に見ても、いまだ納得のできない百合子。
 そこで、親代わりのおじさんに電話をします。
 おじさんはすぐに来てくれ、百合子は「料理材料」の値段について疑問を呈します。
 が、おじさんは「その肉一頭につき百万円と…うむ、安いですな。実に安いものだ」とだけ答え、仕事があるのでと立ち去ってしまいました。

 邸の外に出たおじさんに先生は声をかけます。
「あの奇理子さんを20才まで面倒みると!」
「やめた方がいいですな。あの子は死ぬ運命にあるのです。
 たしかにあの子を20才までそだてた人には20億円さしあげます!(注3)
 しかし、できますまい」
「いえ、私きっと育ててみせます。私にやらせて下さい!」
 ちょうどじいやもいなくなったこともあり、先生は奇理子の養育を受け持つこととなるのでした。
 20億円のために…。

 台所に戻ると、先生は豚の腹を割きます。
 中には、胸を一突きされた男の死体が隠されていたのでありました。
 奇理子に食事を与え、ほくそ笑む先生ですが、そこへ百合子が新聞を持ってきます。
 百合子は「この前、邸に来た人よ」と先生に見せますが、先生は「しまった!」と一言。
 記事の内容は「バタヤ部落で老人殺される」(原文ママ)と写真付きで載っておりました。
 老人がいなくては「材料」が手に入りません。
 そして、残りは一週間分のみ…。

 焦る先生ですが、時は経ち、材料は底を尽いてしまいました。
 お腹を空かした奇理子は容赦なく先生を急き立て、先生は金のためにある決心をします。
 ちょうどその頃、騒ぎ立てる奇理子に百合子は会います。
 奇理子は空腹を訴え、百合子は料理をつくるよう言おうと先生を探します。
 先生を探している時に、裏庭で誰かの悲鳴が聞こえてきました。
 百合子が駆けつけると、お手伝いさんの一人が背中にナイフを突き刺されて絶命しておりました。
 その死体を抱きかかえる先生。

 叫びそうになる百合子の口を押さえ、現場を見られた先生は全てを白状します。
 奇理子の料理の「材料」のことを全て…。

 あまりのことにショックを受けて、百合子はその場から走り去ります。
 真相を確かめようと、奇理子を探す百合子。
 その時、異様な笑い声を聞きます。
 そこへ行くと、奇理子が瞳孔の開きまくった目で、
「お腹すいた〜お腹すいたわ〜お姉ちゃ〜ん、お腹すいたわ〜」
 と、犬歯をむき出しにして、襲いかかってきたのでした。
 第一部 完」

 この作品は前編と後編の二部構成でありまして、続編は「炎の奇理子」です。
「炎の奇理子」で奇理子の秘密が明らかにされると書かれております。
 こちらも併せて紹介しておりますので、興味ある方はどうぞ。

 それにいたしましても……こんなマンガ、滅多にありません!!
「人肉」しか受けつけず、禁断症状を起こす少女という設定もかなりヤバいのですが、その少女のために「ドヤ街から浮浪者の死体を仕入れる」というストーリーが正気の沙汰とは思えません!!
 しかし、ああいう場所では何が起こってもおかしくはありません(注4)から、逆に、イヤなリアリティーがあるのも事実。
 加えて、2億円という大金(注5)が絡んでおりますので、イヤなリアリティー倍増であります。
 このイヤなリアリティーが、どことなく地に足のついてない観のある池川伸治先生の作品に、緊張感と、ブラック・ユーモアの風味を与え、読み応えのあるものとなっているように思います。
「イヤなリアリティー」…池川作品を読み解く上での、重要なキーワードの一つと言えるでしょう。(注6)

 「怪奇貸本奇談シリーズ」の一冊として、「炎の奇理子」「双生児の鬼」と共に復刻されております。

・注1
 早川書房・刊『異色作家短編集2 スタンリイ・エリン 特別料理』収録
 この本は約15年もの間、本棚で背表紙を飾るだけの存在だったのですが、この稿を書くにあたり、読んでみたら、非常に面白い短編集でした!!
 半世紀以上前の作品(1940年代後半〜1950年代)ばかりですので、古めかしさは否めませんが、隙のない構成には舌を巻くばかりです。
 しかし、どうも玄人向けの作家さんだったようで、欧米での評価とは裏腹に、日本での紹介は積極的にされていないようです…あらら…。

・注2
 どうも作者の池川先生が勘違いしているようで、最初は100万円で買うという話なのに、いつの間にやら50万円になっております。

・注3
 またまた池川先生が勘違いしているようで、最初は2億円なのに、いつの間にやら20億円になっております。

・注4
 以前、住んでおりましたO阪でも、東のあたりとかを念頭に置いております。

・注5
 年収200万円〜300万円の狭間を(恐らくは)一生、うろうろしなければならない我々からすれば、2億円は単純計算して60年〜100年分かけて稼ぎ出す額です。
 何か考えれば考えるほど、空しくなってきました。
 最近、思うことに、年金なんかいらないから、さっさとすることを済まして、この世からおさらばした方がいいんじゃないでしょうか?
 今まで払ってきた保険料なんて、長生きしたいやつらにくれてやります。(あの世に持っていけるものは、この薄汚ない魂しかないのですから。)
 こんな偉そうなことを言いながら、死ぬ時には現世への未練たらたらで「死にたくない」と喚き散らすんでしょうね…。

・注6
 すみません。
 相変わらず、テキト〜なこと言ってます。

 ただ、テキト〜を承知で言わさせてもらいますと、「イヤなリアリティー」に関しましては、関よしみ先生が双璧でしょう。
 共通する点は、どちらも暴走しがちなこと。
 その「暴走」を抑える手綱として「イヤなリアリティー」がうまく機能すれば、世にも妙なる「トラウマ」漫画が産まれるのであります。
 手綱を操る手腕に関しては、関よしみ先生の方が上手のように感じられますが、まあ、時間(とき)が全てを証明するでありましょう。

2013年7月3日〜15日執筆
2014年9月9日改稿・ページ作成
2021年9月28日 加筆訂正

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