谷ゆきお「毒の笑顔」(220円)



「旅行が趣味の会社員、矢崎修二。
 旅館に泊まろうとしたところ、宿泊費を滞納したため、若い女性が追い出されようとしていた。
 修二は番頭に話をつけ、その女性、杉千津の滞納した分を自分が持つ。
 翌朝、修二が肩代わりした金額がいつの間にか財布に戻っており、女性は朝早く旅館を立ち去っていた。
 旅行最終日、山歩きをしていて、メタンガスの沼に落ちた修二は、危ないところを千津に救われる。
 東京に興味を持っているらしい千津に修二は東京案内を申し出るが、千津は理由も言わず、急に走り去る。
 修二が東京に戻った、ある日、修二のアパートを千津が訪ねてくる。
 以降、二人の仲は急速に接近。
 しかし、修二が結婚の話を持ち出しても、千津は決してうんとは言わず、遂に、修二は千津に愛想を尽かしてしまう。
 数日後、修二は、友人の金持ちのボンボン、芝野(注1)とヨットでセーリングに出る。
 が、芝野にだまされ、誰も立ち寄ることのない無人島に置き去りにされる。
 芝野は千津をひそかに狙っていたのであった。
 行方不明になった修二を想い、肩を落とす千津に、芝野はプレゼント攻勢を仕掛けるが、千津は決して笑顔を見せない。
 唯一、血を目にする時以外は…。
 芝野は千津の笑顔を手に入れるため、屋敷に迷い込んできた動物を片端から射殺していく。
 その笑顔の裏に潜むものは何…?」

 血を見て、笑うなんて、中国の毒婦、妲己(だっき)(注2)のようですね。
 でも、常軌を逸したサディストなのかと思いきや、杉千津の正体は「ワケわからん生き物」なのです。(中央画像と右端画像を参照のこと)
 作中、コウモリが幾度も出てくるので、吸血鬼なのかな〜と思いきや、顔は犬面(何かバタ臭い顔…)、左右に三本ずつのヒゲ、獣のような耳、鋭く尖った牙と爪(何故か足が四本指)、腕毛も脛毛もボーボー、背中には黒い翼…という三流ゴシップ記事に出てくる「UMA」もどきが、犬の死体を貪り食っております。
 しかも、作品中にこいつの氏素性についての説明は一切ありません!!
 とは言え、吸血鬼や妖怪といったありきたりなものでなく、作者にさえ正体不明なモンスターをわざわざヒロインに据えるところに、谷ゆきお先生の意気込みがあると言えましょう。
 結果としては、モンスターと人間の青年の悲恋ものになっており、モンスターの容姿を大して気にしなければ、ラストはちょっぴり物悲しくあります。

 また、ラストも衝撃的です。
 千津が平凡な金魚売と会話していることに疑問を持った芝野は、その会話を立ち聞きすべく、犬の皮をかぶり、犬になりすましたところを、自分の雇ったハンターに犬と間違えられて射殺されるのです。
 と読んでみても、イマイチ意味が掴めないかもしれませんが、本当にこういうラストです。
 奇妙キテレツな貸本怪奇マンガでそのスジで高名な谷ゆきお先生ですが、本書は影が薄いようです。
 一見すると、地味なようですが、こいつぁ、「じわじわ」くる作品です。

・注1
 芝野との会話で、ビートルズのチケットのヤミ値が一万円以上するという話題が出てきます。
 時代を感じさせますね。
 それにしても、あの当時の若い娘の音楽ファンは、洋の東西問わず、どうして「キャーキャー」金切り声で喚きたてるんだろう?

・注2
 残酷な処刑を観て、ケラケラ笑っていたのは、確か妲己だったと思いますが、うろ覚え。
 記憶が定かでないのですが、わたなべまさこ大先生の「あやかしの伝説」でも扱われていたはずです。

・備考
 巻末に貸出票の剥がし痕とひどい汚れあり。

2016年7月19日 ページ作成・執筆

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