古賀新一「闇の死人学園」(1988年8月20日初版発行)
「小山理佐はアイドルに憧れる女子高生。
彼女は芸能雑誌にある奇妙な広告を発見する。
それは「美を造る学校」に関するもので、理佐は両親を拝み倒して、その「ひかり学園」へ入学する。
その学園は山奥の、非常に辺鄙なところにあった。
園長の老婦人は理佐を温かく迎えるが、奥の「あかずの間」には決して入らないよう、厳しく言い渡す。
理佐が寮で相部屋になったのは、井森という粗暴な女生徒であった。
あかずの間に興味を持っていた井森は、校長室から鍵を盗み出し、理佐にあかずの間の鍵を開けさせる。
だが、理佐により、井森はあかずの間に閉じ込められ、以来、行方がわからなくなる。
井森は体罰を受け、死んだという噂が立つが、数日後、井森は部屋に帰ってくる。
彼女の腹部には縦に大きな手術痕が残っており、それは体罰の痕であった。
理佐にリンチを加えようと、井森と他の生徒達は理佐を裏山に追い詰める。
井森が理佐を襲おうとした時、腹部の傷痕が裂け、内臓がこぼれ出ると、しなびて死んでしまう。
理佐は学園から逃げ出すことを決意するが、他の生徒達から騙され、あかずの間に閉じ込められてしまう。
そこで捕らえられた理佐は如何にして「美を造る」のか、身をもって体験することとなる…」
古賀新一先生が「内臓感覚」を追求した作品で、アンディ・ウォーホルが制作した「悪魔のはらわた」(注1)の影響があるように思います。(pp90・91の「腹部の傷が裂けて、内臓ドバドバ」とか)
ネタばれですが、「美を造る」方法とは「内臓を取り出せば出すほど美しくなれる」(p133)という体内から断捨離という過激かつ「とんでもハップン」なものです。
更に、そんな手術ばかりしている研究者はしまいには「内臓フェチ」になり、内臓に頬ずりしたり、ぺろぺろしたりする姿は、まさに研究者の鑑。
ほんでもって、美しくなるために切除された内臓が意思を持って、学園中の人間を殺しまくるという、バッド・トリップな展開に突入!!(手術シーンはシュールとしか形容がありません。)
読者は言葉を失ったまま、釈然としないけど、そこはセンチメンタルさでうまくかわしたラストを迎えることとなります。
いやはや……ほんま、こんなマンガ、世界のどこを探したら、あると言うんだよ?!
良くも悪くも「オンリー・ワン」な作風で、こんな古賀新一先生が私は大好きです。
あと、薄っぺらな美少女と意味不明なグロ描写との極端な落差が、谷間夢路先生を彷彿させました。
・注1
個人的な思い出話になりますが、小学生高学年〜中学生の頃、毎週土曜日の夜に、ビデオレンタルでホラー映画のビデオを借りて観るのが、至上の喜びでありました。
ある時、「悪魔のはらわた」を借りまして、帰宅後、家族と一緒に観て、ボロカス言われた…いや、もうとことんけなされた…。
まあ、そんな思い出があっても、私にとっては、幾つも見どころがあって、嫌いな映画ではありません。
「闇の死人学園」を読んで、思い出したのは「女の人造人間の腹部の傷を博士の助手がぺろぺろ舐めているうちに、腹部の傷が裂けて、女の人造人間が死んでしまう」シーン。
このシーンで、股間を覆う前張りが一瞬外れるのですが、ボカシがかかっていて、子供心にがっかりしたことをいまだに覚えてます。
もしも「ヘア無修正版」が出ているのなら、もう一度、観なければ!!(握りこぶし付)
2017年6月4日 ページ作成・執筆