伊藤潤二「魔の断片」(2014年7月30日第1刷発行)

 収録作品

・「布団」(「Nemuki+」2013年5月号)
「富夫とまどかは駆け落ちして同棲中。
 だが、富夫は布団の中に引きこもるようになる。
 彼は魑魅魍魎が見えると指さすが、まどかには何も見えない。
 そのうちに、富夫は一切布団から出なくなり、まどかは昼間は仕事、夜間は富夫の世話をしなければならなくなる。
 彼女は心身ともに限界に近づくが、ある夜…」

・「木造の怪」(「Nemuki+」2013年7月号)
「曽我家の屋敷は安政元年に建てられたもので、先祖代々受け継がれ、昨年には「国の登録有形文化財」に登録される。
 その家には父親と娘が二人で住んでおり、川葺屋根の堂々とした木造建築は父親の誇りであった。
 ある日、大学で建築を勉強している木野真奈美という娘が見学させてほしいと訪れる。
 彼女は建築の素晴らしさに驚嘆し、この木造建築を男性にたとえて「セクシー」だと表現する。
 彼女は建物の構造などを勉強するため、下宿させてほしいと頼み込み、その代わりに、父娘の身の回りの世話をする。
 真奈美は身の回りの世話を完璧にこなし、遂には、父親と結婚。
 だが、しばらくして、屋敷に変化が…」

・「富夫・赤いハイネック」(「Nemuki+」2013年9月号)
「富夫とまどかは女占い師に相性を占ってもらう。
 ところが、富夫は女占い師の虜となってしまい、二人は別れる。
 しかし、女占い師は魔女で、男の生首を収集していた。
 魔女は、彼に着せたハイネックの首の部分に自分の髪の毛を仕込み、髪の毛は彼の首に絡みつく。
 毛は徐々に彼の首を切断していき、彼は両手で首を支えながら、どうにかまどかの部屋までたどり着く。
 だが、彼女の部屋に魔女が訪れて…」

・「緩やかな別れ」(「Nemuki+」2013年11月号)
「璃子は幼い頃、母親を亡くし、以来、父親の死を極端に恐れていた。
 彼女は長じて由緒ある戸倉家へ嫁ぐ。
 夫の誠は一族の反対を押し切って、彼女と結婚したため、義理の両親も祖父母も彼女に対してよそよそしい。
 ある日、彼女は屋敷の中で老婆の幽霊を視る。
 驚いて、曾祖父母に声をかけると、彼らの姿も透けていた。
 誠は璃子に彼らは幽霊ではなく「残像」だと教える。
 実は、戸倉一族では親族の一人が亡くなった時に、皆で強く念じて、故人の残像を作るのであった。
 残像は約二十年程度かけて徐々に劣化し、最後には消滅するが、これにより充実した「別れの時間」を作ることができる。
 璃子はここに嫁に来て八年、家に溶け込もうと努力をしたが、両親はいまだ彼女に対して冷たい。
 しかも、誠は会社の女性と仲良くなり…」

・「解剖ちゃん」(「Nemuki+」2014年1月号)
「中央医科大学にて、解剖実習に使う遺体に、若い娘が忍び込むという椿事が起こる。
 その解剖実習に参加していた鎌田達郎は過去のある少女を思い出していた。
 彼が小学生の頃、田宮ルリ子という少女が、彼の親が医者であることを知って、接近してくる。
 彼女とお医者さんごっこをするうちに、彼女は彼に、親の病院からメスを持ってきて、解剖をしようと提案。
 達郎は断り切れず、ルリ子が解剖する動物はカエルからハムスターになり、そして、もっと大きな動物を解剖したいとルリ子は願う。
 さすがに達郎が拒むと、ルリ子がメスを持って追いかけてくるが、ルリ子はお腹が痛くなった隙に達郎は逃げ、その後、引越しをして、ルリ子との縁は切れたのであった。
 それから八年後、医大に通う彼とルリ子は奇妙な再会を果たす。
 ルリ子は解剖することよりも「解剖される」ことに興奮を覚えるようになっていた…」

・「黒い鳥」(「Nemuki+」2014年3月号)
「久米はバードウォッチングに出かけた際、けが人を発見する。
 彼は森口四郎という男性で、登山の最中、転落して、足を骨折していた。
 不思議なことに、四郎が転落してから一月経っていたが、彼はリュックの食糧で食いつないだと説明する。
 どの道、骨が変形したまま癒合していたため、彼は手術を受けることとなる。
 手術後、久米が四郎の見舞いに行くと、四郎は久米に泊まるよう懇願する。
 その夜、久米が目を覚ますと、四郎のベッドの上に人影があった。
 それは女性で、四郎の口に唇を押し当てている。
 女が立ち去ると、四郎は口から咀嚼された肉を吐き出す。
 実は、四郎が一月も生きながらえたのは、この女性から食べ物を与えられていたからであった。
 この女の正体は…?
 そして、この肉は…?」

・「七癖曲美」(「Nemuki+」2014年5月号)
「七癖曲美は知る人ぞ知る天才小説家。
 あまりに癖の強い作風に読者を選ぶが、ハマった人間はとことんハマってしまう。
 孤独を愛する偏屈女の交告香(こうけつ・かおる)もその口で、七癖曲美に憧れ、作家を志すも、いまだに芽が出ない。
 ある日、七癖曲美に出したファンレターの返信が来る。
 それには作品を持って遊びに来るよう書かれてあり、香は早速、曲美の住む山奥に向かう。
 そこで七癖曲美に面会するが、曲美は女装の男だっただけでなく、香を「エセ癖女」と喝破する。
 失禁する程のダメージを受けた香を曲美は酒に誘い、バーカウンターで古今東西の癖のある酒を勧める。
 ここで香は無類の酒癖の悪さを発揮。
 泥酔して、目を覚ますと、地下牢の中であった。
 曲美は、閉鎖的な状況で香が独自の癖を現すことを期待しており、香は必死に抗うが…」

・「耳擦りする女」(2009年「シンカン」VOL.1)
「資産家、山東茂樹の一人娘、まゆみは特異な体質の持ち主だった。
 彼女は自分の行動を決めることができず、常に行動を指示をされていないとパニックを起こす。
 父親は何人もの付添人を雇ったが、彼女の質問攻めに耐えられず、すぐに辞めてしまう。
 そんな時、内田美津という娘が面接にやって来る。
 彼女はまゆみの耳のそばで、朝の八時からまゆみが眠るまで指示を出し続ける。
 しかも、それは一か月も続き、まゆみとの信頼関係も築き、まゆみの精神状態は安定する。
 だが、父親には、美津がこの激務に耐えていることが逆に不気味であった。
 美津は一日16時間、絶えずまゆみの耳に指示を出し続け、更に、一か月以上たつのに全く手を抜かず、より一層、詳細な指示を出す。
 父親は美津の身体を心配し、休みを取るよう勧めるが、彼女は、この仕事で「本来の自分を取り戻せそうな気がする」と断る。
 二か月後、美津のまゆみへの献身はまだ続くが…」

 単行本あとがきで「8年ぶりのホラー短編集」で「はたしてホラー勘は戻っているでしょうか…」と書かれてあります。
 確かにビミョ〜な作品はありますし、一時期の闇雲なテンションの高さはありませんが、それでも、上質なホラー短編集です。
 特に、「オンリー・ワン」な奇想にブラック・ユーモアを絡ませた作品に良品が多く、落語「首提灯」な「富夫・赤いハイネック」、偏執的な「耳擦りをする女」は素晴らしい出来です。
 でも、個人的な一押しはメランコリック・ホラーの大傑作「緩やかな別れ」。
 ラスト2ページは何回読んでも泣けます…。

2023年2月21日/3月8・10日 ページ作成・執筆

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