伊藤潤二「闇の声」(2003年9月30日第1刷発行)

 収録作品

・「第1話 血をすする闇」
「奈美は失恋を機にダイエットを始め、摂食障害となる。
 彼女は食べ物をトイレで吐くうちに、食道を傷つけて、血を吐くようになる。
 その頃から、彼女は奇妙な夢を見るようになる。
 彼女は血の雨に打たれ、点々とした傷痕のある手の平が彼女の顔に覆いかぶさってくるという内容であった。
 その夢を見た後は、血を吐いたのか、口の周りや枕やシーツに血痕が付いている。
 そんな彼女に谷という男子生徒が想いを寄せていた。
 谷は彼女がするなら自分もとダイエットをし、彼の思いに打たれ、彼女は彼に惹かれていく。
 ある日、谷は彼女を彼の家に招く。
 家のそばの小屋に彼の見せたいものがあると言うが、小屋の天井にはびっしりとコウモリが止まっていた。
 このコウモリは日本にはいない種の吸血コウモリで、彼のペットだという。
 彼が痩せていたのはコウモリに血を吸わしていたせいで、彼の手はコウモリの噛み痕がびっしりついていた。
 しかも、彼は彼女が寝ている間に彼の血をコウモリたちに運ばせ、彼女に飲ませていたと話す。
 その話に衝撃を受け、彼女は小屋をとび出す。
 谷は彼女を追ううちに、電車にはねられるのだが…」

・「第2話 ゴールデンタイムの幽霊」
「慶介は滅多に笑顔を見せたことのない青年。
 そんな彼を友人の次雄が梅竹演芸場へと連れて行く。
 観ているうちに、黄昏キントキという漫才コンビの出番となる。
 黄昏キントキはササゲとアズキの女性デュオで、あまりの外しっぷりに、座はシラケ・ムード。
 しかし、一人の客が笑い出し、あっという間に笑いは会場全体に伝染する。
 ただ一人、慶介だけは青い顔をして、次雄を連れて、会場を立ち去る。
 外に出て、一息ついた後、次雄は何故あれだけ笑ったのか訝る。
 慶介は二度と観ない方がいいと彼に警告するのだが…。
 黄昏キントキのお笑いの秘密とは…?」

・「第3話 轟音」
「正樹と三村という二人の青年が山登りに来て、道に迷う。
 地図を見てもさっぱりで、ある地点に来ると、磁石も携帯電話も使えなくなる。
 すると、轟音が聞こえ、鉄砲水が流れてくる。
 その中には多くの人が流され、助けを求めていた。
 何とか一人でも助けようとするが、洪水はあっという間に通り過ぎてしまう。
 不思議なことに、今、洪水が通ったばかりなのに、川底は全く濡れていない。
 二人は洪水の跡をたどるが、翌日、再び洪水が起こる。
 間一髪で岸に上がるが、昨日と同じ人々が流されていた。
 幻でも見たのかと訝りながら進むと、人家が見える。
 人家には老人が一人で住んでいた。
 そして、洪水の通ったあたりに両側から網を張られているのだが…。
 この洪水の正体とは…?」

・「第4話 お化け屋敷の謎」
「ある村に突然、チンドン屋が現れ、お化け屋敷がオープンしたと宣伝する。
 経営者は痩せた細面の男で、お化け屋敷は村はずれの廃屋を利用したものであった。
 お化け屋敷の入場料は大人で一万円という法外なもので、村人達は抗議する。
 経営者の男はそれだけの価値があると涼しい顔で、怖くなかったら入場料を返し、村から出ていくという条件で、村の男が一人中に入る。
 数分後、怯え切った男が中から出て来て、そのまま、逃げていく。
 お化け屋敷は村中の評判になり、見た者は怖さのあまり気が変になると噂される。
 ある夜、光一と里史の二人の少年がお化け屋敷に忍び込もうとするのだが…。
 二人がお化け屋敷の中で見たものとは…?」

・「第5話 グリセリド」
「富士山の見える町。
 唯の家は一階で父親が焼肉屋を経営していた。
 換気が悪いため、油まじりの煙が常に家中にこもり、家の隅々まで脂が付着する。
 更に、父親はひどい脂症で、また、二歳年上の兄の五郎にはサラダ油を隠れて飲む奇癖があった。
 もともと油の嫌いな唯は油に対して敏感になり、「油度(空気中の油の蒸気の濃度)」を感じ取れるようになる。
 兄の五郎は思春期に入り、顔面がニキビに覆われるようになる。
 それがもとでいじめにあい、陰湿で暴力的な性格が悪化。
 遂には、家に引きこもり、油をガブ飲みするようになる。
 ある時、五郎は唯を殺そうとして、父親に殴り殺される。
 五郎の死体はうまく処理されるも、以来、唯は奇妙な夢を見るようになる…」

・「第6話 地縛者」
「日本各地で奇妙な人々の姿が見られるようになる。
 彼らは様々な場所で、同じ姿勢で昼も夜もずっと立ち続ける。
 彼らはその理由については決して語らず、質問されても、ほおっておいてくれと顔をそむけるだけ。
 彼らはその場所に縛り付けられているようなので、「地縛者」と呼ばれるようになる。
 民間ボランティア「青空の会」の浅野は「地縛者」を救うために活動するのだが…。
 「地縛」する理由とは…?」

・「第7話 死刑囚の呼び鈴」
「小和一家(両親と子供三人)はドライブの最中、暴走族に襲われ、父親と弟は死亡、母親は意識不明、兄は重傷という悲劇に見舞われる。(妹の典子だけは逃げて無事。)
 主犯格の古橋(20歳)は一審で死刑判決が下されるが、以降、小和の家族のもとに彼から手紙が届くようになる。
 その手紙には直接会ってお詫びしたいとくどくど書かれてあった。
 しかし、遺族には死刑逃れのためとしか思えず、神経を逆なでされたようなもので、手紙の差し止めを要求。
 すると、今度は彼から小和家に電話がかかって来ただけでなく、玄関先に彼の姿があった。
 拘置所にいるにもかかわらず、古橋は夜になると小和家を訪れ、呼び鈴を鳴らす。
 どうやらその姿は実体がないものらしく、家に入っては、土下座をして許しを乞う。
 兄はその古橋を松葉杖で毎夜、滅多打ちにするのだが…」

 「ネムキ」に2002年7月号〜2003年7月号に掲載された作品を収録した単行本です。
 あとがきによると、編集部のつけた「闇の声」というシリーズ名にあやかり、「全体を通して『闇』を描きたい」と志向したとのことで、陰鬱な話が多いです。
 作品にハズレはありませんが、個人的には「地縛者」がいろいろと考えさせられる内容で最も印象に残りました。
 「グリセリド」は胸焼け必至の内容で、不快指数は危険域に達しておりますので、注意が必要です。
 あと、「ゴールデンタイムの幽霊」は『この手があったか!!』と妙に感心いたしました。

2023年7月7・9日 ページ作成・執筆

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