いなば哲「怪談幽霊三味線」(160円)

「薬問屋、稲葉屋の長女、由美の母は芸者であった。
 継母は、自分の産んだ次女のマリを可愛がり、由美を目の敵にする。
 継母は、由美の三味線の師匠を口汚く罵り、由美が心血を注いでいた三味線の稽古を無理にやめさせる。
 裏庭で泣き伏す由美の前に、三味線の師匠の弟、月之助が現れる。
 月之助は大阪に帰るために別れを言いに来たのであったが、由美は三味線の修行をするために大阪に連れて行ってくれるよう懇願する。
 月之助は由美の将来を思い、本心とは逆に、由美のことが嫌いだと言い捨てて立ち去る。
 その背に向けて、由美は、翌朝、柳橋のたもとで待つと声をかけるのだった。
 この光景を見ていたのが、月之助に惚れているマリと、使用人の留吉。
 留吉はこのことを継母に報告すると、継母はいい厄介払いとほくそ笑み、ことのついでに由美を殺すよう、留吉に依頼。
 一方、マリは、由美に化けて、月之助と駆け落ちをしようと、由美に眠り薬を飲ませて、自分が柳橋に出かける。
 そのマリを留吉は由美と勘違いして、襲い、傷つける。
 そこへやって来た月之助はマリを家へ連れ帰り、看病し、稲葉屋に赴くが、継母に娘を誘拐したと盗人呼ばわりされ、激怒。
 月之助がマリを無理矢理稲葉屋へ連れ帰ろうとしている最中、稲葉屋から火の手が上がる。
 駆け付けた月之助は、主人を助けるため、火の中へ飛び込むが、何者かに頭を叩き割られて、すでに死んでいた。
 それでも、どうにか死体を運び出したところを、継母に見つかり、人殺し扱いされる。
 また、由美も、月之助がマリのことを好きだったと誤解したこともあり、月之助を犯人と認めてしまう。
 しかし、これは稲葉屋の財産を手に入れるために、継母と留吉が企んだことであった。
 月之助は島流し十年の刑を下される。
 由美は、月之助が捕らえられて以降、病床に就き、衰弱していくが、ある日、継母達の会話から月之助の無実を知る。
 無実を訴えるために、月之助の乗った囚人船の出る柳橋へ向かうが、もうすでに囚人船は出た後であった。
 絶望した由美は柳橋から身を投げる…」

 当時の人気作家(主に関西)だった、いなば哲先生は多く佳作を残して(遺して?)おりますが、この作品もそのうちの一つ。
 怪奇色は薄いのですが、周囲の人間の欲望やエゴに引き裂かれる、若い男女の淡い恋を描いて、なかなか味わい深いです。
 ともすると辛気臭くなりがちな内容を、達者な描線で、カラッと描くのが、最大の魅力でありましょう。
 更に、これまた達者なセリフ回しも見逃せないところです。
 血まみれの幽霊に「はいよッ」と返事させるあたり、並のセンスではありません。
 と言いましても、全体的にはきっちりとした仕上がりの作品でして、今現在でも充分通用する出来だと思います。
 個人的に、愛着のある作品です。

・備考
 カバー背色褪せ、かつ破れ、欠損、痛み、テープによる補修あり。カバー貼り付き。後ろの表紙、カバー共に折れあり。

2016年2月17・18日 ページ作成・執筆

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