左馬一平「女の首」(220円/1968年?)
さて、左馬一平『女の首』という作品の紹介です。
表紙は、白髪の鬼婆が血にまみれた大鎌を手にして控えている、その背後に巨大な頭蓋骨が鎮座するという、何ともワケのわからないものですが、内容とはちっとも関係ありませんので、あしからず。
怪奇物を想像すると、猛烈な肩透かしを喰らいます。
かつ、一読すると、肩透かしを喰らったまま、サウスポーの如く、きりきり舞いをさせられるという、マジカルなキノコのようなブツであります。
「時は戦国。
織田信長の家臣で、山城(注1)に城を構える本願寺光政(注2)。
その光政に仕える伊賀出身の忍者、赤犬。
赤犬は主人の器の小ささにあきれながらも、主人は主人ですから、きっちり勤めております。
そこに、参上したのが、赤犬の恋人、蜂尾。
蜂尾は重大な知らせを教えに来たのでした。
この知らせとは、織田信長が二度目の伊賀攻めを企んでいるという事。
そして、その先陣が、本願寺光政であるという事。
赤犬の眉は曇ります。
攻撃勢と一緒になり、自分の故郷を攻め滅ぼすわけにもいかない…
とは言え、伊賀の味方をすることもできない…
まさしく究極の選択であります。
しかも、先陣を任されている本願寺光政を主としているため、どちら側につくか、態度をはっきりさせねばなりません。
そして、伊賀と戦うことになれば、蜂尾と戦わねばなりません。
しばしの猶予を請う赤犬に、「まてないぜ」と現れたのが、地虫という忍者。
この地虫、蜂尾に横恋慕しておりまして、赤犬を目の仇にしております。
「わしとしては、きさまとたたかって、殺してしまえば、それでいいんだ」と散々嫌味を言って、蜂尾と地虫は去るのでした。
信長から使者が着き、その夜、光政から伊賀攻めについての相談を赤犬は受けます。
故郷である伊賀は憎くはありませんが、地虫から受けた屈辱が腹の底にわだかまっております。
赤犬は、信長の軍勢を率いる光政をうまく伊賀に攻めさせ、地虫をやっつけて、蜂尾は自分が何とか救い出そう、と考えます。
そこで、光政に事細かく伊賀の情報を提供するのでした。
しかし、伊賀攻めに同行できるかと思いきや、赤犬は捕らわれ、土牢に入れられてしまいます。
その原因は、赤犬が伊賀と通じ、光政を暗殺しようとしている、と書かれた投げ文のためでした。
投げ文は地虫の仕業だと推測はついたものの、事を荒立てる事もないと思い、伊賀攻めが落着するまで、牢に腰を据えることにするのでした。
信長の伊賀攻めは大成功に終わります。
赤犬の進言のおかげで、光政は大手柄を立て、赤犬は牢から出されました。
城に向かう途中、捕虜になった三人のくの一(女忍者)を見かけます。
そのうちの一人は蜂尾でありました。
くの一たちは先ほど、赤犬が入っていた牢に入れられます。
さて、その晩は宴会になり、夜も更けた頃。
赤犬は土牢へと行き、天井の隠し穴から中を覗きます。
赤犬は蜂尾にどういう考えでここに来たのか、と尋ねると、蜂尾は赤犬の首もとにとびつき、牢の床に引きずり下ろされます。
そこで、蜂尾たちは信長の伊賀攻めの残忍さについて語ります。
老人、女、子供、赤ん坊を問わず、忍者の類は皆殺しにされてしまったのでした。
それだけでなく、生き残ったものも、陵辱された挙句、両乳房を抉り取られたり、両腕を切り落とされてしまったのです。
自分の責任ではない、と空しく抗弁する赤犬に、
「おまえだけが知らぬ顔をしているということはないだろう」
と、くの一たちは詰め寄ります。
そして、三人のくの一たちは赤犬に襲い掛かり…
“GROUP GROPE,Babeeeey!!”(注3)
翌朝、牢の監視人から赤犬は起こされます。
くの一たちの姿はもはやありませんでした。
「わしはまだ夢をみているようなきもちだった。
あれから三人の女どもが、かわるがわるわしのからだに吸いついて……
そのたびに、わしの体内の精気のすべてが吸いとられたようで……
むやみに喉が渇いた」
赤犬は自分の身体に力が入らないことから、「気を抜かれた」ことに気づきます。
そして、それがくの一たちの復讐であったことに、ようやく思いが至るのでありました。
また、地虫のことを考え、自分の身を守るために光政に忠誠を尽くすのが、自分の身を守る道であると考えます。
ある程度、身体が回復してから、赤犬はまた忍びの任務につきます。
天正十年(1582年)、信長は甲州(山梨県)の武田勝頼を攻めた時に、様子を窺いに来た赤犬の目の前に、蜂尾と地虫が姿を現します。
地虫と蜂尾はすっかりできちゃっておりました。
地虫は、伊賀の復讐のために、織田信長を討つと宣言し、地虫と蜂尾の二人は姿を消すのでありました。
地虫の言うとおりに、織田信長は明智光秀に攻められ、本能寺で自害。
(伊賀衆は、復讐の際に、直接手を下さず、意外な者の手を使って、意外な討たせ方をするものなのだそうです。)
信長が死んだことで天下が大きく揺れます。
本願寺光政も、秀吉に付くか、明智光秀に付くか、で迷います。
本来、大した才覚もない光政は、赤犬を頼りにしますが、吸精術をかけられてから、頭の働きも鈍ってしまい、勘が働きません。
赤犬が決断できないので、結局、光政も決断できないまま、時が過ぎます。
しかし、光政は赤犬に内緒で、明智光秀に軍を送っており、結局、明智光秀につくことになります。
そして、山崎の戦い。
秀吉の軍は天王山をいち早く占拠。
赤犬は、天王山を手に入れたものの勝ちだとは思うものの、はっきりと断言ができません。
口うるさく、赤犬の意見を求める光政に、遂に赤犬はキレて、「わしにはわからん。勝手にしろ」と言い捨て、戦場から逃げ出します。
ようやく追っ手から逃れた赤犬は声を掛けられます。
それは地虫でした。
いくさ見物かつ、蜂尾と青姦の最中で、そばには上半身裸の蜂尾の姿があります。
「秀吉の勝ち 明智の負け…そして、光政は二俣者という汚名を残す。そして、貴様は裏切り者という…」
という地虫の言葉に、背を向けて、「やめてくれっ」という赤犬。
しかし、地虫は赤犬に意外な提案をします。
伊賀に戻って、伊賀の再建に手を貸さないか、と。
「男としても忍者としても失格した」赤犬でも「猫よりはましだ」と地虫は言い放ちます。
しかし、元・恋人の蜂尾の「赤犬、そうしたら…」という言葉に、赤犬は頷き、三人は伊賀に向かうのでありました。
さて、伊賀では…。
畑仕事に勤しむ赤犬。
精を抜かれ、女まで取られた赤犬は、皆の嘲笑の的であります。
忌々しいとは思いつつも、身体がすっかり腑抜けになっておりますので、じっと我慢の子であります。
前の主人の光政が秀吉に腹を切らされたと聞いても、もはや過去のこと、何の感慨もありません。
ある日、山へ行き、薪を地虫の家に届けると、地虫と蜂尾は日も明るいうちから励んでおります。
その様を見て、悔しさでいっぱいなのですが、真っ向から勝負を挑んでも勝ち目はありません。
しかし、地虫を倒し、蜂尾を取り戻さなくては、馬鹿にされるばかり、面子が立ちません。
そこで、地虫を倒す方法を考えますが、これがさっぱりダメなのであります…。
あらゆる忍法を駆使したところで、裏をかかれることが明白。
赤犬は途方に暮れるのでした。
その年、伊賀一円は異常乾燥が続いておりました。
ある日、赤犬は蜂尾に布団を干すよう言われます。
「うぬらが寝ている布団をか!」と血相を変える赤犬に、いけしゃあしゃあと蜂尾は
「そう、毎晩二人で寝ているうえに…地虫はすごい汗かきなの。
だから、晴れた日にはわすれずに干してちょうだい。わかったわね」
と、のたまいます。
あまりの屈辱にその場に座り込む赤犬ですが、結局は、しぶしぶながらも、地虫の家の布団を干し、埃をはたきます。
それを見た村人たちは「こんどは寝床の後始末だぜ」等と悪罵を浴びせます。
頭に血が昇る赤犬ですが、そこに地虫がやってきて、赤犬にヤキを入れます。
「いいか。おれと蜂尾が寝る大事な寝床だ。丁寧にあつかうんだぞ。わかったな」
と、容赦ない嫌味まで吐くのでした。
さすがにキレた…といきたいところですが、腎虚(注4)の身の上、人と争うのは愚の骨頂。
おとなしく、布団はたきに精を出します。
その時、風下を通りがかった人が、布団から出た埃に蒸せ、ひどい咳をしながら、立ち去りました。
そこにピ〜ンときた赤犬。
(ピーター・フォーク扮する刑事コロンボばりに、寄り目になっております。ちなみに、片方の眉のベタ、忘れてますよ。)
翌日から、赤犬は地虫のだけでなく、村中から布団を集めて、干します。
そして、指を唾で濡らし、風向きを確かめます。
目標は、風下には憎き地虫の家。
赤犬は干してある布団を棒でさかんに叩きます。
布団から出た埃は風下の地虫の家に吹きこんでいくのでありました。
時が流れ、秋。
地虫と蜂尾は体調に異変を感じるようになっていました。
咳きこみ、息がうまくできません。胸の中に古綿が詰まったような感じになっております。
いぶかりながら、床につく地虫のもとに、意気揚々と赤犬が現れます。
そして、説明するのでありました。
「毎日のように、きたねえ布団の埃を吸っていれば、まず喉をやられて、次は肺だ。
そうなれば、息はつづかず、忍者としてもおしまいだ。
(にやりと笑い)おれと同じようにな!」
いきり立つ地虫ですが、以前ほどの迫力はありません。
「それじゃ布団を干すぜ!」
赤犬は地虫の寝ている布団を剥ぎ取ると、地虫は布団から転げ出ます。
その隙を狙って「蜂尾はもらったぜ!」と赤犬は地虫を斬りつけるのでした。
地虫も必死で応戦しようとしますが、振り回した刀が蜂尾の首をはねてしまいます。
蜂尾の首は赤犬の喉元に飛んで、噛み付こうとしてから、床に転がります。
見ると、蜂尾の首は若い女性から老婆のものへと変わってしまいました。
驚く赤犬に瀕死の地虫が説明します。
「蜂尾がきさまに吸精術をかけたとき、すでに婆アになっていたのだ。
くの一が吸精術をかけるのは、生涯に一度だけ…。
その一度の術に…女としてのすべてをかけるのだ。
己のもつ寿命をその一度の術に…捨ててしまうのだ」
そして、地虫はふらふらと部屋から出ていきながら、呟きます。
「だから、わしは婆アを抱いていたようなものだ。
うふ……馬鹿なはなしよ。
考えてみりゃ、きさまが蜂尾を(注5)」
そこで、地虫は事切れます。
赤犬は、老婆となった蜂尾の生首の髪を掴み持つと、地虫の家を出ます。
外には騒ぎを聞きつけて集まった村人達の姿があります。
村人達に赤犬は、
「蜂尾は…蜂尾はわしの…わしの女だった…わしの女だった……」
と、訴えると、「くくっ」とむせぶと、蜂尾の首を両腕で胸に抱きしめ、いずこへと去っていくのでありました。
おしまい」
いやあ、何と申しましょうか…。
要約いたしますと、「寝取られ忍者のハウスダスト大作戦」。
(「引○しおばさん」も、騒音などまき散らかさずに、次回からこの手を使ってみたらいかがでしょうか?)
何とも「とんでもはっぷん」なストーリーですが、くの一は実際は婆だったわけでして、それなのにしょっちゅうセックスして赤犬に見せつけていた地虫と蜂尾の心理を考えてみると、もの凄く屈折したものがあるような気がして、妙に奥深いように思えるのは、勘ぐり過ぎというものなのでしょうか?
さて、本作の最大の売りは何といいましても、「エロ」でありましょう。
アダルトな雑誌に掲載されているエロマンガは別として、貸本マンガでセックスを扱ったものはかなり少ないです。
読者サービスでヌード(おっぱい見えない)やおっぱいの描写はあることはありますが、濡れ場に関しては、それを思わせるような描写も私の知っている範囲ではあまりありません。
ただし、物事には例外というものがありまして、濡れ場描写がムダに多いのが、この左馬一平先生なのであります!!(注6)
いくつか作品が手許にありますが、男女の同衾シーンがさりげなく挿入されているところに、先生の心意気、いや、作家魂が窺えると言っていいでしょう。
そして、貸本マンガという形態故に、一般社会からバッシングを受けることもなく、そんなに評判も悪くなかったので、調子に乗ってしまった挙句の“GROUP GROPE”描写が生まれたのではないか、と考えているのであります。
漫画の歴史において、くの一の「吸精術」を扱った最初のものの一つでありましょう。
だからと言って、このマンガの価値が上がるわけでもありませんが…。
・注1
「山城」は現在の大阪の東部あたり。「摂津」と「近江」(滋賀県)の間。
ちなみに、地図で調べるまで知りませんでした…。
言い訳ですが、個人的に、戦国時代にちっとも興味がありませんので、記述に間違いがあっても、ご容赦のほどを。
それでも、一応、本文を書くにあたり、簡単ではありますが、調べてはおります。
それにしても思うことは、高校の時に日本史をしっかり勉強しておくべきだったな…と。
最近、「日本史」を必修にする云々のニュースがありますが、当然です!!
自分の国の歴史・文化を知ること、そして、自分の国の言葉を深く知ること…そのことをおろそかにして、まともな「日本人」になれますか!!
そして、まともな「日本人」になれない奴が、まともな「国際人」になれますか!!
どこぞの国民のあまりに浅ましい姿を見るたびに、そう思うのであります。
・注2
「本願寺光政」という武将が実際に存在したのかどうか調べてみましたが、確認できませんでした。
戦国時代の大名は大物から小物まで大勢おりますので、マイナーな存在なのかもしれません。
また、フィクションの可能性もあります。
・注3
The Fugs のセカンド・アルバム(1966年)に収録されている“GROUP GROPE”より引用。
The Fugs(ザ・ファッグス)は、1960年代半ばに、詩人であるEd SandersとTuli Kupferbergを中心にマンハッタンで結成されたロック・バンド。
特に、音楽のプロというわけではないので、演奏はへろへろだが、歌詞は機知と風刺に富んでいる…のかどうか、言葉の壁が高過ぎてわかりません。
セカンド・アルバムは、メロディアスなエレクトリック・ピアノが入っていて、かなりポップで聴きやすいです。かなりお薦め。(歌詞は相変わらず、よくわかりませんが…)
ちなみに“group grope”に関しましては、自分で調べてみてくださいませ。
この場合は「逆レイプ」と形容した方がしっくりきますが、英語にこういう言葉は存在するのでしょうか?
・注4
「腎虚」とは「漢方の病名で、房事過多などのために起こる、男性の衰弱症状」(「角川新国語辞典」)とのことです。要は、「やり過ぎ」ですね。
・注5
この台詞を見ると、傑作「起動戦士ガンダムZ」での噛ませ犬ジェリド・メサの死に際の言葉『カミーユ、貴様は俺の…』を思い起こしてしまいます。
言葉の重みは段違いではありますが…。
・注6
この文章を執筆するにあたり、イヌダハジメさんの「イヌノキュウカク」サイト内の「暗闇漫画館」、「左馬一平『魔影幻夢城』」に多大なる示唆をいただきました。
この場を借りて、御礼申し上げます。
平成25年1月 執筆
平成25年1月30日 作成