五島慎太郎『人喰い沼』(1974年8月20日発行)

「夏休みを過ごすため、車で佐田村に向かう一家。父母に姉妹の四人。姉は百合、妹はチエ。
 田舎にも公害の余波が及び、川が汚染されております。
 そんな中、車が虫の大群に突っ込み、車内はパニック、皆、車の外へ飛び出します。(注1)
 何とか虫を追っ払った一行ですが、道端に人骨が転がっているのに気がつきます。
「こんなところに長居は無用」と父親はその場を立ち去りますが(おいおい、通報しろよ…)、どうやら道に迷った様子。
 そこへ道に少女を見つけ、彼女を乗せて、道案内をお願いします。
 少女の名前は京子で、この付近にある工場の持主の娘。彼女は早速、百合とチエの姉妹と仲良くなるのでした。

 実家で過ごす最初の夜。外は雷雨。
 百合は外を徘徊する人影を目撃します。
 チエかと思いますが、チエは隣に寝ております。
 訝る彼女の背後に近寄る影…それは外を徘徊していた、謎のモンスター(画像を参照のこと。以下、容姿から「ヤマンバギャル」と称します。)。
 皺だらけの口元に鋭い牙をむき出しにして、ヤマンバギャルは百合に襲い掛かってきます。
 雨の中を逃げる百合ですが、つまずいた拍子に、穴の中に落ちてしまいました。
 そこは地下水道のようになっていて、小さな山椒魚(イモリ?)の大群に百合は襲われます。
 流された末、滝から落ちますが、何とか命を取り留めた…
 と思った時、巨大な山椒魚が現れ、百合の首もとに巻きつきます。
 百合は気を失ってしまうのでした…。

 翌日、家の寝床で目を覚ます百合。
 彼女は雨の中で倒れていたと母親に言われます。あれは夢だったのかと訝る百合。
 そこへ京子が訪ねて来て、百合とチエに村を案内すると言います。
 二人は村に向かう途中、不気味な沼にさしかかります。
 そこは百合が昨日夢で見た沼とそっくりで、京子によると「何百年も昔から人を喰う主がすんでいるといわれる人喰い沼」だと言うことです。
 沼のそばでおどけていると、足を滑らせ、京子は転落。
 百合は棒を差し伸べて、京子を助けるものの、泳げない彼女は息も絶え絶え。
 百合はチエを実家に帰らせ、医者を呼ぶよう言います。
 京子を介抱する百合ですが、目を離した隙に、京子はヤマンバギャルへと変身。(驚異の変身シーンは画像を参照のこと)
 百合の背後に近づき、襲おうとした、その時に、百合の父が駆けつけてきました。

 素早くもとの姿に戻った京子は医者のもとに運ばれます。
 そこで医者と看護婦が、ヤマンバギャルに変身した京子の毒牙にかかります。
 元気になって医者のもとを去る京子と百合達。
 チエが京子を家まで送ることになります。
 京子の立派な邸宅に目を見張るチエに、京子は宝物を見せると箱を差し出します。
 チエが手に取ると、箱の中には沢山のチビ山椒魚(イモリ?)がぎっしり。
 悲鳴を上げて、箱を放り出すチエの目の前で、京子はヤマンバギャルに変身。
 チエもまた、ヤマンバギャルの毒牙にかかってしまうのでした。

 半ば放心状態で帰宅したチエは熱を出して、寝込みます。
 医者を呼んだところ、大したことはないものの、薬を出すので医院まで取りに来るようにとのこと。
 百合は医院に出向きますが、いやに長く待たされます。
 医者を探して、診察室に入っていきますが、人の気配は無し。  訝っていると、ドアの音がして、そこにはヤマンバギャルと化した医者の姿が!!
 逃げようとする百合の前に、これまたヤマンバギャルと化した看護婦が立ちふさがります。
 絶体絶命のところで、百合が抵抗した際に、棚から薬品の瓶が落ちます。
 薬品の蒸気が立ち込め、もがき苦しむヤマンバギャル達。
 百合は九死に一生を得て、家へ帰り着きます。

 母親に医院での話をしても信じてもらえません。
 仕方なく、チエの様子を見に行く百合ですが、チエは布団の中でカエルを食べておりました。
 寝た振りをするチエの布団を百合がはぐと、チエの身体の下から大量のチビ山椒魚が這い出てきます。
 チビ山椒魚は百合の身体にまとまりつき、恐慌をきたす百合。
 いつの間にやらヤマンバギャルに変身したチエに腕を噛まれます。
 百合の悲鳴を聞きつけ、父親が駆けつけますが、普通にチエは寝ておりますし、先ほどの山椒魚は影も形もありません。
「じゃあ 今のは…」と訝る百合の腕には、くっきりと歯型が残っているのでありました。

 その夜、百合は噛まれた腕に異変を感じます。
 腕に奇妙な斑点が広がり、生臭くなり、風呂場で洗い落とそうとしても、かえって広がっていきます。
 風呂場で視線を感じ、出てみると、そこにヤマンバギャルと化したチエが這いずっていました。
 百合の悲鳴を聞いた両親がやってきますが、チエはもと通り寝ており、夢と片付けられます。
 部屋に戻った百合は猛烈な疲労感に襲われ、その場に倒れ伏すと、次の瞬間にはヤマンバギャルとなっていたのでありました。
「ヒヒヒヒヒヒ」と不気味に笑いながら、天井からぶら下がる蜘蛛を掴んで、貪り食う百合。
 ちょうどその場にいた鼠も手掴みにして食べようとしますが、逆に鼠に噛まれてしまいます。
 痛みにより我に返る百合ですが、身体中、気味の悪い斑点だらけ。生臭さもひどく、百合は途方に暮れます。

 夜遅く、風呂場からの物音を聞きつけ、母親が風呂場を覗くと、素っ裸の百合が風呂桶のそばにうずくまっておりました。
 百合の身体は不気味な斑点で覆われております。
 母親が問いかけると、百合はヤマンバギャルへと変化、母親に襲い掛かります。
 慌てて戸を閉め、百合はガラスに顔を突っ込み、また正気へ返ります。
 母親が父親を連れて、風呂場にやってきますが、百合の姿はそこになく、百合は部屋で独り泣いておりました。
 百合の様相に顔色を変える父親。
「あたし 化物になってしまったのよ」と訴える百合に対し、虫にも刺されたんだろうと、医者に診せるよう言います。
「あの医者もみな化物よ」と涙ながらに外に走り出たところを、外でつながれていた番犬に腕を噛まれてしまいます。
 意識を失う百合…。

 百合が目覚めると、布団の中。皆が心配そうに取り囲んでおります。
 百合の身体からは斑点がなくなり、百合は歓喜の声を上げます。
 見ると、チエも百合の側にいました。
「あら チエちゃん もう直ったの?」(原文ママ)
「うん もう大丈夫だよ」と答えながらも、暗い微笑を密かに浮かべるのでありました。

 翌朝、朝食の卓。
 百合は父親に早く帰ろうと訴えますが、実家の婆様から三日後の村祭りを見てからにするよう諭されます。
   不満顔の百合がかじったフライから蛇の頭(?)が覗き、悲鳴をあげます。
「キャハハ」と笑いながら、駆け去るチエ。
 百合はチエを追いかけますが、チエの思いのほか、足が速く、姿を見失ってしまいます。
 あきらめて、家へ戻ると、番犬がくびり殺されております。
 家の中はもぬけの殻。食卓は膳がひっくり返り、乱雑な様相。
 すると、外の納屋の方から物音を聞きつけます。
 鶏に驚かされながら、納屋に入っていくと、入り口が閉まってしまいます。
 見ると、そこに父母が立っていました。
 訝る百合に、父母はこちらに来るよう言います。
 何故と問うと、「それはな……お前を変えるためさ」と、ヤマンバギャルに変身して、襲い掛かってきます。
 百合は手もとにあった鍬(変な形です)でヤマンバギャル達を脅し、その隙に納屋の壁を鍬でぶち抜いて、逃走。

 人食い沼のほとりまで走り、何とか相手を巻いた様子。
 あまりのことに途方に暮れていると、沼から巨大な山椒魚が現れます。
 山椒魚に追われ、神社への階段を駆け上がります。
 村祭りの神輿の側で一息つく百合ですが、今度は神輿から現れた蛇に襲われます。
 蛇から逃げようとすると、ヤマンバギャル化した京子と鉢合わせ。
 ヤマンバギャルに腕を噛まれ、腕にまたもや斑点が浮き出てきました。
 しかし、それどころでなく、百合は、ヤマンバギャル化した両親、チエ、医師達にも追われます。
 百合が逃げ込んだ先は、京子の両親が所有する工場。
 扉に鍵を閉め、これで大丈夫と思ったのも束の間、手もとにあったオイル・ライターを灯すと、床にはびっしりとチビ山椒魚の群れ。
 壁際までチビ山椒魚に追い詰められ、はずみで油の入ったドラム缶をひっくり返してしまいます。
 気がつくと、顔にまで斑点が広がっておりました。
 そこへヤマンバギャル化した京子が現れ、こう言います。
「あんたも私達の仲間になったのさ。
 顔が変わり全身に斑点ができ……四日たつと体が腐って死んでいくのさ」
 百合は泣き崩れます。
「人間共に復讐をしてやるんだ」と叫ぶ京子。
 百合の手から落ちたライターから油に引火し、あたり一面、火の海となります。
 火の勢いで落ちた円柱管の下敷きに京子はなり、百合に助けを求めます。
 百合にとって京子は憎むべき相手ではありますが、同じ人間と考え直し、彼女を助け、工場の外へ連れ出すのでした。

 工場の外には、ヤマンバギャルの群れが待ち構えており、百合を襲おうとします。
 京子は百合を逃がしますが、逃げた方角にある京子の家も猛火に包まれておりました。
 火のついた家の破片が百合の上に落ちてきます。
 百合を突き飛ばし、燃え盛る破片の下敷きになる京子。
 その時、百合は京子の幻を見ます。
「百合さん 助けてくれてありがとう
 あたしは本当は京子じゃないワ
 京子さんは私が殺したの」
 そして、京子の正体は「沼の主 四百年生きてきたサンショウウオの化身」であることを明かします。
 公害により沼を汚された沼の主は、公害を出す工場の人間ばかりでなく、人間全てに復讐することを決意。
 工場の従業員、京子一家を皆殺しにした後、京子になりすまし、村人も同じ目に合わせようとしたところに、百合の一行がやってきたのでした。
 しかし、沼の主は、百合に命を助けられ、人間の中にもやさしい人間がいることを知ります。
「その心で公害をなくすよう努力してちょうだい
 そして 私達のような不幸な動物を早くすくってほしい……ああ……」
 続く、つんざくような断末魔の叫び声。
 それに呼応するかのように、黒雲わきたち、雨が降り始めます。
 稲光が光り、ヤマンバギャル化した父母達に落ちます。
 と同時に、沼が渦を巻き始め、中から巨大な山椒魚が躍り出ますが、それも稲妻に打たれます。
 百合は意識を失ってしまうのでした。

 百合は父親に揺り起こされます。
 見ると、皆、もとに戻っておりました。
 そして、沼に浮かぶ、巨大な山椒魚の死骸…。

 数日後、京子の墓参りをする家族。
 遠くから祭囃子の音が聴こえてきます。
 父親は、
「昔から祭りは人間が自然に感謝する儀式だったんだ
 人間はそれを忘れて 自分勝手に自然を汚してしまった
 これからは昔の様に動物達と手をとりあって暮らして行かないとネ」
 と、まとめるのでありました。
 おしまい」

 さて、内容をグダグダ書いてきましたが、この作品の素晴らしさをどれだけ伝えられたかというと、「力及ばず」というのが正直な感想です。
 というのも、このマンガの場合、ストーリーや絵が云々というより、「味」が全てなのであります。
 ここで言う「味」とは、サイコ(精神異常者)・スリラーやスプラッター映画に影響を受ける前の怪奇マンガの持つ「緩さ」「無骨さ」「チープさ」「悪趣味さ」…そういうものをひっくるめたところに醸し出されるものです。
「味」なんてものはいくら文章を連ねても、実際に味わなければ、わからないものです。
 そこは添付の画像で多少なりとも確認していただければ幸いです。

 それにしても、このマンガに出てくるモンスターの「味」のあることと言ったら…。
 これ程、ラブリーで愛敬のあるモンスターも珍しいです。「キモ可愛い」とでも言ったら、いいのでしょうか?
 私は「ヤマンバギャル」と形容しておりますが、その「ヤマンバギャル」が群れをなして襲ってくるシーンはぶっちゃけ、かなり笑えます。(注2)
 ただ、忘れてはいかないのは、作者が子供達を怖がらそうとして、「真面目に描いたマンガ」だということです。
 作者の「本気(マジ)」がここには込められております。ガキどもを怖がらせるために手段を選ばないスピリット!!
 その点で、最近の怪奇マンガにありがちの「お笑いに逃げる姿勢」とは一線を画します。

 とにもかくにも、ここで私達に求められるものは、例えば半世紀前の怪獣映画を観て、小馬鹿にせず、温かく受容するというような、懐の大きさでありましょう。
 そして、自分が産まれる前のマンガにノスタルジーを感じるという「想像力」(「勘違い」と紙一重ですが…)。
 こうして、無味乾燥な人生に彩り(いろどり)を加えるつもりになっているのであります。
 彩を加えれば加えるほど、「彩り」という言葉からどんどん遠ざかっていきますが…。

・注1
 手塚治虫先生の個人的に大傑作『ミクロイドS』の影響を感じさせます。
 後半の「虫族の人類に対する大襲撃」は容赦がなく、普通に「少年チャンピオン」を読んでいた小中学生を恐怖のどん底に突き落としたと思われます。
 また、当時のマンガらしく、公害問題を取り上げております。
 とは言うものの、杉戸光史先生のように声高に問題提起をしているわけでなく、ストーリーを乱すようなことはありません。

・注2
 ここの描写を見ると、いつも『処刑軍団ザップ』(米/1970年代初頭)という映画を思い出します。
 暴力描写で「X指定(成人指定)」を受けた最初の映画の一つとして知られ、欧米ではその悪趣味さ故に、立派にカルト・ムービーとなっています。
 が、内容はかなりメチャクチャです。
「とある小さな町に訪れたヒッピー集団。彼らは悪魔を崇拝し、町の治安をかき乱す。
 家族を乱暴された少年が彼らに狂犬病の犬の血を入れたパイを食べさせたことにより、彼らは狂犬病を発症。
 それが近場のダム建設場のドカチン共にも感染。
 凶暴化した彼らは次々と惨事を巻き起こすのだった…」
 文章で書くと、凄そうですが、映画としてはかなり「へっぽこ」です。
 ただ、この「へっぽこ」さが味なのです。
 口の周りにシェービング・クリームを塗りつけた狂犬病軍団がわらわらと襲い掛かってきますが、狂犬病故に(?)水に弱く、ホースで水をかけられただけで大恐慌をきたしております。映画史に残る名シーンだと思いますね。
 個人的に、「酒を飲みながら、観る映画 ベスト5」に入ります。

平成26年10月末 執筆
平成26年11月30日 ページ作成

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