北杜太郎「江戸断獄記」(1963年9月10日発行/190円)



「所は江戸。
 とある通りに、「この南蛮渡来の遠めがねをご勝手におのぞきください 持主」という張り紙と共に、遠めがね(望遠鏡)が置いてありました。
 これは珍しいとある男が覗いてみますと、遠めがねから針がとび出し、男の頭蓋骨を貫通。(注1)
 そこを通りがかった与力(注2)の木暮はあまりの惨さに絶句します。
 そして、この騒ぎを遠くから窺い、「おもしろかった」と密かに満足して、その場を立ち去る侍がいるのでありました。

 さて、北町奉行所では、この殺人事件に着手します。
遠めがねは、伸ばせば、針がとび出す仕掛けとなっており、常人の仕業とは思えないが、全くのキチガイの細工とも思えず、奉行は頭を抱えます。
 そこに呼び出されたのは、渡佐馬太郎という、現役を退いた元・与力。
 これが例の殺人現場で「おもしろかった」と呟いていた侍でございます。
 凶器の遠めがねを見て、「これはひどい 悪魔のしわざですな」と空とぼけ、協力を求められても、体力を理由に断ります。
 奉行所の役人は、渡が医者より外出を禁じられていると聞いている、と言うと、渡は医者の竹庵が自分をキチガイ扱いにして困ると言い、自分がキチガイであることを否定するのでありました。

さて、渡が奉行所からの帰り道、とある骨董屋に寄ります。
 骨董屋では辺見という名前で呼ばれており、隠蔽工作もばっちり。
 骨董屋のおかみ(妙に色っぽいです)は清国の青竜刀という切れ物を仕入れたと持ってきます。
 これは珍品と目を見張る渡ですが、二百両と法外な値を吹っかけられます。
 骨董屋のおかみは、以前、渡に遠めがねを売ったことから、遠めがね殺人事件の犯人が渡であることを見抜いていたのでした。
 となれば、払わないわけにはいきません。
 手付けに、三十両を払い、残りはあとで払うと約束するのでありました。

 その夜、渡は骨董屋のおかみと共に自分の屋敷に向かいます。
 さすがに大金が絡む故、おかみ直々、出向いたのでした。
 渡は下男の庄三郎に青竜刀を渡すと、おかみを座敷に通します。
 渡が金を都合し、おかみに渡した時、天井板を外した隙間から、筒が覗きます。
 下男の庄三郎が筒をくわえており、吹き矢が骨董屋のおかみのうなじに刺さると、おかみはその場に崩れ伏してしまいます。
「生かしてはおけぬ ぶっそうな女だからな」と渡は呟きます。

 そして…
 おかみが気づくと、そこは即席の断頭台。きっちり刃の部分には青竜刀が据えられております。
 事態に気づき、悲鳴を上げるものの、刃が落ちて、無論のこと、一刀両断。
 下男の庄三郎は、おかみの首を布に包み、せむし男に扮装して、首を遠くに捨てにでかけます。
 そこに夜回りをしていた、与力の木暮と子分の三次。
 包みを見せるよう、せむし男に詰め寄りますが、せむし男はその場から逃走。
 二人で追いかけ、せむし男は長屋の中に逃げ込みます。
 袋のネズミと木暮と三次は挟み撃ちにしますが、せむし男は扮装を解いて、庄三郎の姿でその場を後にするのでした。

 そして、夜明け。
 井戸の水汲みに来た女房が井戸から生首が出てきたというので大騒ぎ。
 さっそく現場にかけつける木暮と三次が、生首の身元を問うと、どうやら近所の骨董屋のおかみという情報が手に入ります。

 その一方、渡の家。
 庄三郎が近所に生首を捨てざるをえなかったことで、渡は大弱りです。
 生首が骨董屋のおかみのものとわかれば、そこの番頭の証言で、渡に疑いがかかるのは必至。
 渡は骨董屋の番頭も消すことを決意するのでした。

 案の定、捜査の手は骨董屋に及び、骨董屋の番頭により、辺見の名が上がります。
 辺見というのは変名ですが、番頭はばっちり顔を覚えております。
 さて、番頭が奉行所に呼ばれての帰り、小暮の子分の三次が番頭を呼びに来ます。
 どうも犯人らしいのがわかったので、首実験をしてほしいとのこと。
 二人は渡の屋敷に入り、窓から覗くと、そこに「辺見」が端座しております。
 番頭が「辺見」であることを確認すると、隙を見て、三次は番頭の後頭部を殴り、気絶させます。
 三次は、変装した庄三郎なのでした。
  渡がやって来て、番頭を抱えた庄三郎と共に秘密の地下室に入ります。

 番頭が目を覚ますと、目の前には「辺見」こと渡と庄三郎。
 その横に、大きな竪穴があり、その中には二日間、何も食べていないネズミがいっぱい。
 ためしに、丸太を投げ込むと、あっという間に食い尽くされてしまいます。
 そして、当然、番頭もその中に投げ込まれてしまうのでした。
「みるみるうちです」
「うんと人食いねずみをつくりだしてやる。そして…」
「江戸中に放せば大した騒動になりますね」
「キキキキ…」
「ウヒヒヒヒ…」
 と笑いの止まらないマッドな二人なのでありました。

 翌日、骨董屋を訪ねる、木暮と三次。
 留守かと思いきや、二人を呼ぶ声がします。
 声の主は、戸棚の上の血にまみれたしゃれこうべ。
「わたしは竹松(番頭の名前)です。渡佐馬太郎のためにこんなすがたにされました。おそろしい狂人です。悪魔です」
 とだけ言うと、事切れてしまいました。(注3)
 もと与力の渡の名前が出たことで、事件が予想以上に込み入っていることに木暮は気づくのでした。

 その夜、木暮は、渡の主治医である竜庵のもとを訪ねます。
 これまでの話を聞いて、眉を曇らす竜庵。
 竜庵によれば、渡は「外出禁止の危ない狂人」であり、「じぶんでは狂人と思ってないので始末が悪い」とのこと。
 主治医の責任として、竜庵は渡にきつく注意してくる、と、渡の屋敷に赴きます。

 さて、渡の屋敷では、例の隠し部屋で、人食い鱒(ます)の養殖に勤しんで(いそ・しんで)おります。
 餌のハブ(蛇のハブです)を生簀に投げ込むと、あっという間に骨だけにされてしまいます。
 そこへのこのこやってきた竜庵は、隠し部屋の入り口を見つけます。
 中に入ると、そこには骸骨がいくつも転がっております。
 渡を見つけ、問いただす竜庵ですが、渡は冷笑を浮かべ、
「おれはおまえに折り紙をつけられた気ちがいなんだぜ。だから、なにをするかわからない」
 と、言い放ちます。
「おれは生物を骨にするのが大好きなんだ」
 あまりの気ちがいっぷりに戦慄する竜庵の前で、刀を抜き、斬りつける渡。
 傷は負わなかったものの、目をまわした竜庵を、庄三郎が後ろ手に縛ります。
 そして、竜庵は、生きたまま、人食い鱒が何百匹といる生簀の中に突き落とされるのでした。
 首から下を、人食い鱒に骨を残してきれいさっぱり食べられてしまう竜庵。(注4)

 渡は竜庵の死体を、竜庵の家に届けるよう、庄三郎に言いつけます。
「おれは江戸中のやつらをおどろかせてやりたいのだ」
 その言葉の通り、竜庵の事件はすぐ江戸中に知れ渡りました。
 奉行所では、奉行と与力上席、木暮の三人で密談が行われます。
 怪しいのは渡なのですが、犯人とするに足る証拠がありません。
 また、予備与力の立場もありますので、家宅捜査をすることもできない。
 そこで、奉行は、渡のことをもっと調べるよう、木暮に命じるのでありました。

 奉行所で密談が行われて、十日後。
 渡は奉行所に用があり、出かけます。
 その留守の間に、庄三郎は小雪という恋人を屋敷に招き入れます。
 小雪に、渡の研究を見せてほしいとねだられ、庄三郎は仕方なく、隠し部屋の中を見せるのでした。
 運悪く、そこに渡が帰ってきました。
 渡は庄三郎に、研究部屋を見られたからには、小雪を殺すよう命じます。
 庄三郎は、小雪を殺すことに反対して、屋敷から出ていくと息巻きます。
 が、実は、渡によって庄三郎はヤク中にされており、早速、禁断症状が起きてしまい、渡の命令を聞くことになるのでした。

 庄三郎と小雪の二人は屋敷を出ます。
 庄三郎は決心のつかぬまま、辺りをそぞろ歩きます。
 そうしているうちに、庄三郎のヤクが切れ始めます。
 小雪に逃げるよう言いますが、禁断症状の結果、狂乱状態に陥る庄三郎。
 小雪に短刀を向けて、襲い掛かります。
 小雪の悲鳴を聞いたのが、通りがかった木暮と三次。
 現場に駆けつけますが、小雪は庄三郎の凶刃に倒れてしまいました。
 錯乱状態の庄三郎を追う木暮。
 庄三郎は人間離れした怪力で暴れまわりますが、火の見櫓に駆け上がろうとしているところを縄にかかってしまいます。
 息も絶え絶えの庄三郎は木暮に、渡から薬をもらってくるよう頼み、気絶します。

 この件で、木暮は渡の家を洗うことを決心します。
 その夜、渡の家に忍び入りますが、すぐに渡に気配を悟られます。
 渡に招かれ、屋敷に入りますが、渡は居間で頭蓋骨を鑑賞中。
「どうです、このしゃれこうべは…」と問われても、「うーむ」としか答えようがありません。
「こんなのがたくさんありますよ。お見せしましょう」と渡は木暮を研究部屋に案内します。
 研究部屋の棚は、人骨がゴロゴロしてます。
「わたしはこんなものをつくって、よろこんでいるんですよ」
 そして、奥に向かい、「ここで骨をつくるのです。おもしろいですよ」と、例の人食いネズミでいっぱいの穴を木暮に見せます。
 木暮が目を見張っていると、突如、足元の板が外れ、木暮はすんでの所で縁に手をかけます。
 下には人食いネズミの群れ。
 渡は小刀を懐から出し、木暮を穴に突き落とそうとしますが、木暮にバランスを崩され、逆に自分が墜落。
 ネズミに食い荒らされ、無残な最期を遂げるのでありました。
 そして、最後に「木暮千之助は放心したように渡の家を出たのであった。」
 おわり」

 最初から最後まで、マッドな与力の凶行の描写に貫かれております。
 普通は、主人公が犯人を暴いていくという「探偵」ものの形を取ると思うのですが、そんな七面倒なことはいたしません。
 どうせ怪奇マンガなんだからとばかり、針の飛び出す望遠鏡、断頭台、人食いネズミ、人食い鱒と、ゲテモノ的な要素を次々と繰り出して、なかなか読み応えがあります。
 また、マッドな与力に関しましては、「キチガイ」の一言で説明を済まし、最後の最後まで「何を考えているのか?」「一体全体何をしたいのか?」が、よくわからないところもミソでありましょう。(あんな「キチガイ」がいたら、イヤだよね。)
 読後、「何かよくわからんが、スゴい…」という印象が強く残ることと思います。
 私は1970〜1980年代のホラー映画を愛好していますので、すぐにあの時代の映画と比べてしまうのですが、当時の「薄っぺらなストーリー&派手な残酷描写」の空気をこの漫画に感じてしまいます。
(だからと言って、似たような映画を挙げろ、と言われたら、困りますが…。)

・注1
 この描写には「針のとび出る双眼鏡」で有名な『黒死館の恐怖』(『Horrors of Black Museum』/1959年/アーサー・クラブトリー監督)の影響があるように思います。
 が、私はこの映画を未見ですので、はっきりしたことはわかりません。

・注2
「与力」とは「江戸時代、奉行などの配下に属して、部下の同心を指揮した役人」(「角川新国語辞典」)です。

・注3
 どうして、しゃれこうべがしゃべれるのか(何かややこしいぞ)、また、どうして、しゃれこうべが骨董屋の戸棚の上にあるのか、一切説明はありません。

  ・注4
 これを最初読んだ時、いまやカルト・クラシックとなっている『フレッシュ・イーターズ 人食いモンスターの島』(Flesh Eaters)(米/1964年)という映画を思い出しました。
(日本でビデオは出てなく、トラッシュ・マウンテン・ビデオというところから、10年ぐらい前にようやくDVDで出ました。
ツー・イン・ワンだったのですが、併録が、史上最悪最低のモンスター・ムービーの一つ『クリーピング・テラー』でした。こちらの方は、クソつまらんかった!! 観ている間、二回も寝ました…。)
 スプラッター映画の最初期の作品として知られておりまして、モノクロ映画のわりに、残酷描写はかなりえぐいです。(チープではありますが…)
 ただ、海外ではよりキャンプ・ムービーとして評価されているようです。(キャンプ・ムービーとは、要するに、あまりにダメ過ぎて、突っ込みどころ満載の映画のこと。皆が突っ込みを入れまくり、ゲラゲラ笑いながら、映画を観る文化がアメリカ合衆国には昔からあるようです。代表的な作品としては、エド・ウッド『プラン9・フロム・アウター・スペース』が挙げられるでしょう。)
 確かに、どこか関節の外れたストーリー、ド素人な演技(これは言葉の問題もあって、英語を母語にしない人間にはわかりにくいのですが)、チープな特撮(モンスターが透けてます…)等、今となっては笑えるとは思うのですが、個人的には、低予算ながら、かなり頑張って作ったモンスター・ムービーと思います。
 何だかんだ言って、ある程度、おもしろいです。(個人差あり)
 とりあえず、私は好きです!!
 内容は、
「とある孤島に、不時着した飛行士、アル中の女優、その秘書。
 その島には、肉を溶かす生物(白色のブチブチいってる液体)の研究をしている科学者がいた…」
 というストーリーなのですが、何故かそこに筏で漂流中のビートニクの青年が流れ着き、話を撹乱します。
 このビートニクの青年は肉を溶かす生物を科学者に飲まされ、どてっ腹に穴をあけられ、絶命します。
 このシーンが、どこからどう見ても、チープさ満点なのですが、以前、胃潰瘍を患った私としては、妙な実感があるんです。
 つらかったです。
 空腹になると、絶え間なく、みぞおちあたりがずっとしくしくしくしく痛むのです。
 耐えかねて、アパートから自転車で五分とかからない、とある市民病院に仕事が終わって、三時ぐらいに行きました。
 受付は午前中で終わったと、すげなく断られました。
 あの時の途方に暮れた気持ちを今でも生々しく思い出せます。
 何が「市民」病院だ!!
 午前中でものんびり病院に通院できて、検査に一日かけても平気な年寄り連中が、お前らにとっての「市民」なのか?!
 本当の「市民」はな、有給取るのも遠慮しまくってるんだぞ!!
 自分の体調不良でシフトに穴をあけるのに、どれだけ後ろめたい思いをしなければならないのか、お前ら、わかってるのか?!
 あんたらにはあんたらの事情があるんだろうけど、今も同じようなことをしているんなら、「市民」の看板は外しやがれ!!
 以上、愚痴でした。

平成25年11月〜12月上旬 執筆
平成25年12月8日 作成

太平洋文庫・リストに戻る

貸本ページに戻る

メインページに戻る