三田京子「女執」(220円)


「巻頭のカラーページ。
 鬱蒼とした山道に、首のないお地蔵様がぽつりぽつりと立っています。
 山奥の、吊橋の向こうに一軒の屋敷があります。
 その前に、お地蔵様の首を集めて、斧を脳天に叩き込む老婆の姿が…。
 灰色の顔をして、『ニタ』と笑みを浮かべ、『ヒッヒッヒッヒヒヒヒヒヒ』と高笑いしております。
 次のページには、タイトルの『女執』と人物紹介です。
 非常に思わせぶりなオープニングですが、何故地蔵の頭を斧で叩き割っていたのか説明は最後までありません。
 このマンガではよくある事なので、あまり気にしないでください。
 要は、雰囲気づくりということなのでしょう。
(普通の雑誌に連載されているようなマンガでは許されないと思いますが…。)

 とりあえずは、老婆が不気味だという事だけ骨の髄まで叩き込まれたところで、
「その1 妖夢の美少年」
 季節は夏。舞台は田舎です。
 主人公である露美は友人達と一緒に、ほたる狩に興じております。
 ふと目をやると、遠くに燦然たる明かりを発見し、そこに足を向けます。
 たくさんの蛍がいるかと思いきや、そこには何もなく、帰ろうとしたその時に、蛍を身にまとい、手に花を持った美少年(?)が現れます。
 露美が美少年に心奪われている前で、その美少年は夢遊病者の如く、いずこかに歩み去っていきました。
 心ここにあらずという様で、ふらふらと家に戻る露美。
 すると、家のたらいに先ほどの美少年が持っていた花が活けられていました。
 部屋に花を飾り、その前で美少年の追憶に耽る露美。
 そうしているうちに、露美の家の近くを一群の蛍が近づき、その光の中から歌声が聞こえてきました。
 その歌声に引き寄せられるように、山奥へと向かう露美。
 吊橋を渡った向こうの池に足を踏み入れたところで、声をかけられ、露美は我に戻ります。
 その声をかけたのは、冒頭でお地蔵さんの頭を叩き割っていた、老婆でした。
 老婆に家に泊まるよう言われ、老婆の家に足を踏み入れる露美ですが、突如、とある部屋に監禁されてしまいます。
『これからご馳走をつくってしんぜるからの』とは言われるのですが、窓には鉄格子まではまっていて、如何にも用意周到。
 そのうちに、
『ヒヒヒヒヒ…よく研げたぞ…これでよく切れるさ…ピカピカに光ってこりゃすごい切れ味じゃ!イッヒッヒヒヒヒ』
 という老婆の声がしたかと思うと、
『シャー』『スパッ』『ギャーッ』『ギャッ』『ギャッ』という擬音が…。
 慌てて逃げ出そうとする露美ですが、鉄格子はびくともしません。
 そうこうするうちに、扉が開き、老婆が『特別料理』を持ってきました。
 お盆の上には、妙にオリエンタルな食器に、盛り上げたご飯と、謎の肉。
『早く召し上がれ』と何度も急かされるのですが、この状況下でこんなものを食べる気になるはずがありません。
 拒否しているうちに、自分をじっと見つめる老婆の、あまりにも暗い眼差しに、露美は眩暈を覚え、その場に倒れ臥してしまうのでした。

「その二 肉づきの面」
 老婆の笑い声の中、気絶した露美は、夢の中で、再び蛍の一群を眼にして、不思議な歌のもとに駆け寄ります。
 蛍の集まる中、蓮の花の形をした船に、あの美少年が乗っていました。
 美少年との再会に頬を染める露美。
 美少年に手を取られ、蓮の花の船に乗り込みます。
 二人の船が進む横で、蓮の花が『ボッ、ボッ』と開いていきます。
 その中で、不思議な歌が流れます。

『露草匂う深山に乙女
 ひとりさまよう
 やるせなく…
 うす紫の夕空に
 うるむほのかな
 一つ星…
 ほたるの舞いの
 行方をそっと
 たずね行けば
 夢の路(みち)
 星のしずくに
 濡れている
 真白な花が
 濡れている
 夢の歌を歌っている…
(refrain)」

 作者が女性だけあって、なかなかポエミ〜な歌詞になっております。
 気がつけば、いつの間にやらデュエットしている二人。
 二人でいい感じのまま、フェイド・アウトするのでありました。
 ふと気づくと、露美はまた屋敷の中でした。
 いぶかる露美の耳に、隣の障子の向こうから、何かを彫っているような物音が聞こえます。
 障子の穴から覗くと、そこにはずらりと並んだお面がありました。
 その中の一つは、露美の母親にそっくりです。
 彫っている人を確かめようと、障子を開こうとしますが、その中から真っ黒なものが『ヌーッ』と出てきて、露美に覆いかぶさりました。
 その黒いものを必死に押し返し、屋敷の外に走り出た露美ですが、昨夜、通ってきた吊橋がなくなっておりました。
 慌てて、それ以外の出口を探す露美。
 しかし、そこは大きな沼の中で孤島になっていたのでした。
 脱出の手口がないことに呆然とする露美に、どこからか老婆の笑い声が聞こえてきます。
 自分に対する老婆の憎しみを認識する露美。
 しかし、何故憎まれているのかがわかりません。
 そこで、夢で見た少年に助けてもらおうと、沼の畔(ほとり)で、身を隠しながら、夜を待ちます。
 三日月を見上げている露美の背後で、物音がします。
 振り返ると、お面をつけた女性が露美の方にやって来ます。
 露美はその女性が近所の小山おばさんだと気付きます。
『と、取れない!! 面が取れなくなってしまったよ!! 誰か取っておくれよ!!』
 と、わめきながら、女性は湖の縁に向かっていきます。
 露美の静止も耳に入らない様子で、底なし沼にはまっていく女性。
 腰まで湖にはまりながら、強引に顔に張り付いた面を引き離そうとします。
 その挙句、『ベリベリッ』と嫌な音をたてて、顔の皮と一緒に面を剥がしてしまいます。
『助けておくれっ!!』と断末魔の叫びを上げながら、小山おばさんは沈んでいき、水面には剥がされた面が浮いているだけでした…。
 水際で、何もできずに打ち震えている露美。
 すると、彼方から、蛍の群れを引き連れて、蓮の花の船に乗った少年が近づいて参りました。
 水面に浮いた面を拾い上げると、面のあったところに白い花を投げてよこします。
 しかし、少年の手にあるお面を見た露美は、『そ、そのお面、恐い!!』と手で目を覆い、顔を逸らしてしまいます。
 露美が顔を背ける様を見て、怪しく笑い、船の中に敷き詰めている白い花の中に隠します。
 少年は露美を安心させ、船に乗り込んだ露美は少年に助けを求めます。
『私をあなたと一緒に連れて行って下さい…』と顔を伏せ、懇願する露美の横で、少年は葉っぱの形をしたオールで沼から突き出た瀕死の腕を気付かれぬよう沈めます。
 そんなことには全く気がつかずに、蛍狩りの夜、初めて会った時の話をし始める露美。
 そして、二人は見つめあい、また先刻の不思議な歌が流れ始めます。
 歌の高まりと共に、見つめ合う二人の目のアップ。
 そして、二人は口付けを交わすのでした。

「その三 夏の夜のわかれ」
 中年にさしかかった年頃らしき、三人の女性が、蛍の群れに誘われ、吊橋を渡ってきます。
 吊橋を渡ったところに、自分達の顔にそっくりな面が落ちているのに気がつきました。
 ぴったりだと、その面をつける三人。
 そして、その様子を草むらの蔭から窺い、暗い笑みを交わす老婆と少年。
 面をつけた三人ですが、その面が取れなくなり、慌てだします。
 そこに、老婆と少年が登場します。
 老婆は『私が取ってあげましょうかな?』と一人の女性に近寄ります。
 少年はその女性を身体を固定し、老婆は面に手をかけます。
 よだれを垂らしながら、心から嬉しそうに面を引き剥がす老婆。
 面は顔の皮ごと剥がれ、女性がふらついている背後で、口元に白い花をくわえた少年が短刀を構えています。
(どう見ても、目がイッちゃっています。そこばかりが目につきますが、非常に陰惨なシーンです。)

 背後から女性の背中を包丁で刺し、沼の中に蹴り落とします。
『ブクブク』と沈んでいく女性。
 その女性の悲鳴を聞き、恐慌をきたす残りの二人ですが、面のため、前が見えず、うまく逃げられません。
 逃げようとする二人を追い、一人の背中にまた短刀が突き立てられます。
 その頃、蓮の花の船の中で、露美はまどろんでいました。
 悲鳴を耳にして、顔を上げた露美の目に、最後の一人が少年と老婆に追い詰められているのを目にします。
 目を疑う露美の横で、先程、沼に沈んだ女性の死体が浮かび上がってきました。
 顔の肉がほとんど剥がれ、歯が全て剥き出しになった、二目と見られぬ顔。
 悲鳴をあげ、顔を背ける露美は、船底に二つの面を発見します。
 一つは前の章で沼に沈んだ小山おばさんの面、そして、もう一つは、自分の母親の面…。
 その時、露美の後ろから悲鳴が聞こえます。
 振り返ると、最後の女性が凶刃の犠牲になってしまったのが見えました。
 老婆と少年がグルであることを悟る露美。
 蓮の花の船を漕いで、その場から逃げようとします。
 前日はかかっていなかった吊橋ですが、今は何故か掛かっていました。
 自分の母親にこの事を話そうと、吊橋を早く渡ろうとしますが、後ろから老婆と少年が追ってきます。
 必死の形相で逃げる割には、吊橋の半ばであっさり捕まる露美。
 露美は窓に鉄格子のはまった部屋に監禁されてしまうのでした。
 遂に、蛍の群れに誘われて、露美の母親が吊橋を渡ってきます。
 吊橋を渡ったところで、我に返る露美の母親。
 その目の前には、老婆と包丁を構えた少年が待ち構えておりました。
 老婆を一目見て、おびえる露美の母親。
 そして、老婆のモノローグが一ページちょいに渡って、ぎっちりと繰り広げられます。
 要約すると、「20年前に、とある豪商の息子と縁組が決まった、この老婆を、露美の母親を含む五人組が襲い、嫁入りできぬ身体にした。破談になり、長い間、寝たきりで老け込んでしまったが、その頃すでに男の子を身ごもっており、その子にも恨みの念が乗り移ったのか、ある日、その五人の顔をした、呪いの面を彫り出した…」との事。
 う〜ん、伏線もクソもないですね…。
 過去の悪事を暴かれ、露美の母親は狼狽します。
 その目の前で、片目を抉り出し、義眼だと手で差し出す老婆。
 更に、いきなり片肌を脱いだかと思うと、背中の生々しい火傷の傷をさらします。
 怯えて逃げ出そうとする露美の母親ですが、少年に『待て』と一喝され、面をつけるよう言われます。
 窓からの露美の静止も耳に入らずに、言われるまま、面をつける母親。
 早く逃げてとの露美の声に従い、母親は走って逃げようとしますが、後ろから、相も変わらず口元に白い花をくわえた少年が、短刀を振りかざして、迫ってきます。
 吊橋の真ん中で、背中を二度短刀で突き刺され、絶叫と共に、母親は吊橋から沼に墜落します。
 鉄格子のはまった窓から、無駄に響く、『おかあ〜さん、おかあ〜さん』という露美の声。
『とうとう長年の恨みを果たしたぞ!!』と、『イッヒヒヒヒヒヒ』と気色悪く高笑いする老婆ですが、『ドサッ』と倒れたきり、事切れてしまいました。
 いつの間にやら、雨が降り出しました。
 露美は、少年に見つめられながら、蓮の船の上で、目を覚ましまします。
 そこで、またもや半ページを使って、少年の独白が繰り広げられます。
 要約すると、「ある日、急に五人の女性の面をつくりたくなり、その五人の女性を蛍を使った催眠術で呼び出して、殺してしまった」との事。
 う〜ん、ご都合主義ですね…。
 そして、最後のページにて。
『これは夢じゃなくて、事実だったんですね…恐ろしい!何て恐ろしいことだろう!母は精根尽き果てて枯れ木のように僕一人を残して死んでしまった!
 この沼の底には僕が手をかけて殺した女の人たちが沈んでいる!
 僕は取り返しのつかない事をしてしまった』
 と嘆く少年。
 その彼に投げかけた露美の言葉は、
『私のお母さんもとても悪い人だったんですね。
 でも、あなたはお婆さんにあやつられていたので仕方ないと思いますけど、でも、殺すなんてひどいわ!』
 と、あまりにも自分の感情にストレートなものでした。
 露美は少年のもとから去り、雨に煙る満月の描写で、完。」

 作者である三田京子先生についてですが、サブカルチャー研究家の唐沢俊一氏の監修した『マンガの逆襲』で紹介され、(極一部で)カルト的な人気を得たマンガ家さんでございます。
 作品的には、泥臭いまでに日本人的な『女の情念』がテーマの怪談作品と、作者の社会正義感が大暴走した『社会派』の作品に大別されるように思います。
(手持ちの作品がまだ少ないので、私の思い込みや考え違いが入っているかもしれません。)
『社会派』の作品に珍品が多く、『マンガの逆襲』で大きく紹介された「聖女もなりざ」や、写真で見る限り怪しすぎる怪作「緑の月に怯える乙女」(未読です。相場は恐らく三万円以上…)等、マニアの間では文字通り伝説になってしまってます。
 伝説なのは別に構わないのですが、専門店でもヤフオクでも高値なのが頭の痛いところ。
 足元ばかり見られている人生です…。

 この作品、内容的には、三田京子先生お得意の「女の執念」を描いた復讐譚です。
 ちょっぴり、新藤兼人監督のウルトラヘビーな傑作『鬼婆』(1963年)の要素も入っているように思います。
 が、あまりにも脈絡のないイメージの連続で、バッド・トリップと形容した方がしっくりくる内容になっております。
 気恥ずかしいほどリリカルな情景の中に、老婆や少年の鬼畜な所業が乱暴に捩じ込まれ、感情移入というものが全くできません。
 読者は最後までワケのわからないまま、「宙ぶらりん」の状態に置かれるのであります。
「幻想的」と言えば、聞こえはいいですが、実際は「分裂症的」と形容した方がしっくりくるかもしれません。
 とは言うものの、今読んでも、かなり面白いのではないでしょうか。個人的には、傑作だと考えております。

・備考
 ビニールカバー貼り付け、それによる本体の歪み、若干あり。糸綴じあり。前の遊び紙、欠損。後ろの遊び紙、欠損並びに貸出票の剥がし痕あり。pp20〜25、目立つシミあり。pp69・70、コマにかからぬ欠損とコマにかかる裂けあり。

平成23年3月23日〜4月13日 執筆
平成27年11月17日 ページ作成・改稿

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