いばら美喜「刀の錆」(1964年の夏〜秋頃?/200円)

「天正四年(1576年)秋。
 筒賀大膳の居城山吹城。
 大膳の息子、源之丞は重いライ病にかかり、地下牢に独り閉じこもっていた。
 その顔は膿み崩れ、とても二目とは見られぬもの。頭髪はほとんど抜け落ち、片目は潰れ、腐った唇の向こうには剥きだしになった歯が鈍い光を放っていた。
 人生に絶望していたものの、源之丞は二ヶ月前からまた生きる望みが出てきたと父に話す。
 その望みと言うのが、この城に二ヶ月前に人質としてやって来た、勝正の娘、清姫のことであった。
 この城に移された際に清姫を一目見た源之丞は彼女を自分の嫁と心に決め、彼女の地下牢までトンネルまで掘ろうとしていた。
 如何に実の息子の切なる願いでも、清姫は互いに相手を攻めないという約束のための大切な人質、下手な真似はできない。
 しかし、そこに耳寄りな情報が、大膳の耳に入る。清姫によく似た百姓娘が近場にいるというのだ。
 大膳は、清姫を別の部屋に移し、清姫にそっくりな百姓娘を、源之丞のトンネルが続くであろう地下牢に住まわせることにする。

 翌朝、大膳の部下はその百姓娘がいるという部落に向かう。
 娘は年老いた父親と一緒に畑仕事をしていた。
 そこを問答無用で襲い掛かる侍達だが、娘と思って嘗めてかかったのが大間違い、瞬く間に返り討ちにあい、三人が死亡。
 この娘と父親は忍びの出だったのだ。
 とは言え、城一番の腕を持つ左近次には歯が立たず、父親は斬殺、娘は気絶させられたところを拉致され、城へ連れて行かれる。
 娘の名はリヨと言い、意識が回復してから、まず風呂に入れられ、洗い清められた後、綺麗な着物をあてがわれる。
 そして、一週間に及ぶ、言葉と行儀作法のインスタント教育が行われた。
「ピグマリオン」効果というやつで、一週間で、リヨは一端(いっぱし)の姫君らしくなる。
 その夜、地下牢にて、清姫とリヨの交換が行われる。
 大膳の仕え人、真吾は、その際に目にした清姫の美しさに目を奪われる。
 地下牢から、窓から月や外の景色が見られる部屋に移され、清姫は大いに喜び、自分の境遇を思い、涙する。
 武士の身内であることを嘆く清姫に、真吾は天下を取るのは武士だと力説するが、清姫は真吾が武士の醜さを知らないと言うのだった。
 姫の寂しさに心を痛めた真吾は、再会を約束して、姫の部屋を去る。

 一方、清姫の身代わりとなったリヨは、床の羽目板が突き破られ、見知らぬ男が現われたのに驚く。
 男は自分がこの城の城主筒賀大膳の嫡子、源之丞であると話す。
 訝るリヨに、源之丞は頭巾を取り、自分がライ病に罹患していることを明らかにする。
 容貌を見て、震え慄くリヨを安心させようと、源之丞はこれ以上、リヨに近寄らないと約束し、顔を見ながら話をするだけで構わないと言う。
 源之丞は憧れの清姫を一目見て、言葉を交わせたことに満足し、もう二度とこの部屋に来ないと言って、自分の部屋に戻ろうとする。
 その背中に、リヨは「どうぞまた来てたもれ。清姫はお待ち申しておりまする」と声をかけるのだった。

 誰にも知られぬうちに、真吾と清姫は互いに愛を育み、リヨと源之丞は忍び会いを重ねる。
 しかし、ある夜明け、勝正の軍勢が山吹城に迫ってくる。
 裏切り行為に怒り心頭の筒賀大膳は清姫を引き出すよう命ずる。
 真吾は必死に清姫の命乞いをするが、逆賊扱いされ、縛られてしまう。
 筒賀大膳の前で恐怖に打ち震える清姫の両手が切り払われ、松明と刀で目を抉られる。
 その後、抜け殻同然の清姫の身体は、大門の扉に槍で磔にされるのだった。

 武士の醜さを目の当たりにした真吾。
 彼は、大膳にもう主従の関係ではないと告げ、自分の身の上を明かす。
 真吾は実は伊賀の下忍の出身であり、リヨの兄でもあったのだ。
 忍者であることに嫌気のさした真吾の一家は、伊賀から脱け出し、真吾は武士の道を、父親と妹は百姓として暮らすことを選んだのだった。
 真吾に斬りかかる左近次を真吾は返り討ちにし、憎き大膳に襲い掛かる。
 大膳は槍で串刺しにされ、両目に手裏剣を叩き込まれ、文字通り立ち往生。
 真吾は武士の群れを切り開きながら、地下牢にいる妹、リヨのもとに向かう。
 リヨは源之丞と一緒にいたが、源之丞は自分はここの城主の嫡子である故、残ると言う。
 落ち着き払った源之丞にリヨが自分の正体を明かすと、源之丞は一目見た時からわかっていたと答える。
 しかし、偽物でもリヨのことが好きになったと聞き、リヨも源之丞とここに残る決心をする。

 後ろ髪を引かれる思いで、真吾は城から脱出。
 遠くから山吹城が火に包まれる様を眺める。
 幾つもの命が無常に散った…リヨ…清姫…。
 そんな追想に耽る真吾を背後から刀が貫く。
 抜け忍だった真吾を長い間、捜していた忍者が、真吾を背後から襲ったのだ。
 その忍者を倒したものの、力尽きた真吾は崖から転落、その死体は崖下の倒木の枝に貫かれるのだった。
 おしまい」

 ストーリーがいいんです。若干、あっさりし過ぎているきらいはあるものの、戦国時代に生きる二組の男女の悲恋物語です。
 でも、読んだ後、清姫の惨殺描写しか記憶に残っていなかったりするんです…。
 いばら美喜先生は基本的に残酷描写がキツいものの、非常にドライでありまして、どことなくスラップスティックな趣があります。(注1)
 この作品は他の作品とちょっと毛色が異なり、残酷描写がサディステックで、執拗かつ陰湿でありまして、ちょっぴり珍しいように思います。

・注1
 この点に関しましては、残酷時代劇のもう一方の雄、北杜太郎(橋本将次)先生にも共通するように思います。

・備考
 カバー貼り付け。カバーに若干の痛み、背表紙の上部の痛みひどし。pp1・2の上部に切れあり。

平成27年2月1・2日 ページ作成・執筆

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