菅島茂「奇音」(220円)

 貸本マンガ史上に燦然と輝く、怪作の中の怪作、珍作の中の珍作の一つとして、マニアの熱い支持を得ている名作(迷作?)であります。
 今や立派なコレクターズ・アイテムと化し、普通の状態のものだったら今や十万円を越えるでしょう。
 私も一応、持っているのですが、カバー欠かつ落丁ありというジャンク本でありまして、今まで執筆をためらっておりました。
 が、こういう作品を紹介しなければ片手落ちだと考えまして、マニアの方々からの嘲笑を覚悟の上でここに紹介いたします。

「星マリ子は、人気絶頂の最中、急逝した歌手、星ひかるの妹。
 彼女も亡き姉の跡を継ぎ、アイドル歌手として、成功への道を歩き出そうとしていた。
 あるコンサートにて、マリ子は、最前列の席に座っている、サングラスの男を目にする。
 その男は、コンサートの後でも、マリ子の様子を窺っている。
 マリ子の男友達である洋一は彼が誰か気付き、マリ子の控え室に招く。
 彼は、前衛音楽家として名を知られる、赤根であった。
 前衛音楽には興味も縁もないマリ子と洋一だが、赤根はマリ子の声を褒め称える。
 そして、インスピレーションが湧いてきたので、マリ子の声で作品をつくってみたいと言う。
 マリ子が前衛音楽はわからないと言うと、赤根はマリ子と洋一に前衛音楽発表会のチケットを渡し、一度聴いてみるよう勧めるのだった。

 ある晩、マリ子と洋一は赤根の研究室で催された前衛音楽発表会を訪れる。
 玄関で待っていた赤根に案内されると、室内には奇妙なオブジェが壁といわず、天井といわず、覆っていた。
 マリ子があまりの異様さに「こわい」と叫ぶと、オブジェはこの声を反響させ、震えざわめく。
 赤根によれば、コンサート・ホール自体が、すでに楽器であるべきなのだと言う。
 さて、三人が演奏場に入ると、そこで種種雑多な前衛音楽が演奏されていた。
 アクアラングをつけた人物が水槽の中でウナギをつかまえる様子を音にした音楽、楽器を身体中に装着した男性二人がギターで殴り合う音楽…どれもなかなか奇妙なものばかり。
 そして、最後の赤根の作品は、異様な反響音と、叫び声、笑い声、喚き声が渾然一体となったノイジーかつ不気味なもの。最後は、尾を引く絶叫で締めくくられる。
 マリ子はこの絶叫を聴くと、姉の声を思い出し、気分が悪くなる。
 赤根はマリ子に自分の作品のために歌わないかと問いかけるが、マリ子は身震いしながら、こんな歌はできないと答える。
 その答えを聞くと、赤根はサングラスの奥の目を怪しげに光らせながら、「しかし、あなたはきっとわたしの歌をうたうでしょうよ」とマリ子に告げるのだった。

 洋一に送られて、帰宅したマリ子は、庭に何者かの気配を感じる。
 悲鳴が聞こえ、そっちに顔を向けると、変わり果てた姿となった姉が木の上に座っていた。
 マリ子は悲鳴を上げ、家へと走り、両親と一緒に見に行くが、そこのは何もない。
 その夜、マリ子は悪夢にうなされる。
 悪夢から目が覚めると、寝室の窓の外に先ほど見た姉の姿が現われる。
 半ば腐りかけた顔、大きく見開いた目、O字型に開いた口から漏れる悲鳴…マリ子は悲鳴を上げ、気を失う。
 気が付くと、心配した両親がマリ子の顔を覗き込んでいた。
 外には誰もいず、両親はマリ子が疲れているせいだと言う。
 マリ子もあれは幻覚だったかもしれないと思いつつも、姉の亡霊が現われたという思いを拭い去ることができない。

 翌日のステージ。
 昨夜のことがあり、どうも顔色の優れないマリ子。
 彼女は控え室の付き人に水を一杯持ってきてくれるよう頼む。
 付き人が水道のあるところへ行くと、そこに赤根がいて、付き人にこれを渡すよう一杯の水を手渡す。
 付き人はそのまま、マリ子に渡し、マリ子は水を飲む。
 しばらくして、マリ子はステージに上がり、歌い始めるが、急に様子が変になり、その場に卒倒。病院に運ばれるが、心臓麻痺で死亡が確認される。
 姉妹揃って、歌手への道半ばにして急逝してしまい、両親の嘆きは尋常でない。
 そして、彼らは洋一に、これは呪いであり、昨夜、マリ子が姉の亡霊に悩まされていたことを涙ながらに話すのだった。

 マリ子と共に楽しく過ごした過去の追憶に浸りながら、洋一はマリ子の通夜へと向かう。
 すると、通夜をしている星家では皆、眠りこけていた。
 のんきな人達だなあと思いながらも、洋一はマリ子の死に顔を見る、最後のチャンスだと思う。
 棺おけをむりやり開けると、そこにはマリ子の遺体はなく、腐敗しかけたマリ子の姉の死骸があった。
 マリ子の死体はどこにいったのか、洋一が考えようとすると、猛烈な眠気が襲ってくる。
 仏壇の前の線香に薬がしかけられていたらしい、意識を失う前に、洋一は空調にもたれかかり、倒れ伏す。

 一方、マリ子は目を覚ますと、死に装束で、見知らぬ場所に寝ていた。
 周囲には気味の悪い人形が数多く立ち並び、非常に薄気味の悪い。
 マリ子は何故自分がここにいるのかわからないまま、辺りをさまよう。
 すると、人形だと思ったものは、人間のミイラであることが判明する。
 奇声を発するミイラ達から逃げ惑うマリ子の目の前に、ブリッジした相撲取りの腹太鼓を骨のスティックで叩きながら、赤根の姿が現われる。
 そう、ここは赤根の音楽研究所だったのだ。
 マリ子は赤根にこのミイラは何かと問うと、赤根はミイラは全て、「楽器」であると答える。
 赤根は自分の音楽は「人間感情を頂点をリアルに表現する」ことであり、それは「人間そのものを楽器にする」ことによって可能になると言う。
 マリ子の姉も赤根によって殺され、楽器にされたのだが、防腐剤が甘く、腐り始めてしまった。その姉の代わりに、赤根はマリ子をさらったのだった。
 赤根は恐怖に打ち震えるマリ子の襟首を掴み、マリ子が新曲「「断末魔」の絶叫を奏でるのだよ」と不敵に笑う。
 そして、マリ子は両腕を鎖につながれた鉄輪によって拘束されてしまうのだった。

 星家。
 空調により、新鮮な空気を吸い、目を覚ました洋一。
 洋一は、棺の中のマリ子の姉の死体を調べると、首の後ろに「吹き口」がついていた。
 彼がそれに口をつけて、息を吹き込むと、死体の口から絶叫がほとばしる。唖然とする洋一。

 拘束されたマリ子の目の前で、赤根は楽器つくりの実演をしてみせる。
 痩せ衰えた男が車付きのベッドに縛り付けられている。
 赤根は「苦しみのうめきという楽器」になると言って、男にフラスコいっぱいの回虫を飲ませる。
 身体をよじって、苦しみ悶える男。
 その苦悶が絶頂に達した時、赤根は男に注射をすると、男は苦悶の表情のまま、硬直して死亡。
 赤根が注射した毒液はある猛毒の蛇からもので、これには防腐剤としての働きもあり、少量だとマリ子の時のように仮死状態をもたらすことができるという。
 そして、硬直した男の喉に空気を送るパイプをつけると、楽器の完成なのであった。


 お次はマリ子の番。
 マリ子は赤根に床に開いた穴の中に突き落とされる。
 壁の穴からは先ほどの注射の毒液が取れる毒蛇がウヨウヨと這い出てくる。
 悲鳴を上げながら、後じさりをするマリ子、穴の淵で「わめけ、さけべ」と赤根は興奮で引きつった笑い声をあげる。
 そこに洋一が現われる。
 すっとぼける赤根に、洋一は真実を突きつけ、穴の底のマリ子にロープを投げる。
 が、赤根は懐からナイフを取り出し、洋一に襲い掛かる。
 ロープを切られ、マリ子は再び穴の底に転落。
 なかなか敏捷な赤根に洋一は苦戦、うっかり足を踏み外して、穴の淵に宙ぶらりんになる。
 赤根は洋一の手を踏みにじって、洋一も毒蛇の餌食にしようとする。
 が、踏み降ろした足を洋一に払われ、逆に自分が穴の中に転落。
 洋一は素早くマリ子をロープで助け出す。
 次いで、穴の中から「断末魔」の絶叫が空気をつんざく。
 穴の底には、猛毒蛇に身体中あちこち巻き付かれ、恐怖の表情を凍りつかせたまま、硬直している赤根の死体があった。
 おしまい」

 人間を楽器に改造する、マッドな前衛音楽家を描いたマンガなのであります。
 変なストーリーばかりが取り沙汰されますが、グループサウンズ全盛期に「前衛音楽」に着眼したところに独特な個性を感じます。(やはり、サイケなご時世が反映されているのでしょうか?)
 音楽をテーマに据えたマンガは数多くありますが、ここまでアグレッシブなマンガは他に類を見ません。(まあ、マンガというメディアで、音楽を表現できるかという根本的な問題があるのですが…)
 まあ、このマンガに関しましては、唐沢俊一氏・編「まんがの逆襲」にて紹介されて以降、マニア間では広く知られておりますし、キクタヒロシ氏の「昭和のヤバい漫画」(彩図社)に詳細が述べられております。
 喜ばしいことに、2018年のゴールデン・ウィークに、まんだらけ様によって、「赤い鉄獣」と共に、遂に復刻されました!!
 私如きが付け加えるようなことは何もありません。
 とにもかくにも、復刻版を読んで、捻転してください。

・備考
 ジャンク品。カバー欠。pp7〜10(カラーページ)、落丁。本体、痛みと汚れあり。pp81・82の中ごろに裂けあり。

2015年2月2日 執筆・ページ作成
2018年5月7日 加筆訂正

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