池川伸治「炎の奇理子」(1968年2月27日完成/220円)

 「花の百合子 毒の奇理子」の続編である「炎の奇理子」の内容紹介です。

「妹が人肉を食べることを知った姉の百合子。
 禁断症状を起こした妹の奇理子は、とある一室に監禁しております。
 途方に暮れる姉は病院で医者に診せようと考えますが、(料理の)先生に止められます。
 世間の口に戸は立てられぬもの。秘密が外部に漏れれば、広まるのは必至です。
 先生は「私におまかせください」と、先ほど、自分が刺殺した女中の死体で料理をつくるのでした。
 満腹した奇理子は、以前の快活な女の子に戻ります。
 しかし、百合子の心は晴れません。

 そこへ物陰から百合子の名を呼ぶ声がします。
 それは、奇理子の食事の材料となる浮浪者の死体を入手していたため、警察から追われている、じいやでありました。
 じいやは、匿ってもらうことを条件に、奇理子を普通の女の子にすることを約束します。
 そして、じいやは奇理子の特異体質の原因を話します。
 それは「百合子の両親が毛皮商をしていたため、その犠牲となった何百万匹という動物(の怨念)」らしいのです。
 供養のために「日本中の動物においしいエサをあたえて、今までのことを許しを願う」ことをしなければならないのですが、どだい無理な話。
 そこで、じいやの案に頼ることになります。

 ある日、百合子は奇理子を誘い出して、庭の地下室に監禁。
 先生にも、奇理子には絶対に食べ物をあげないよう、厳命します。
 五日過ぎ、飢えに半狂乱の奇理子は手当たり次第、何でも食べようとする状態。
 耐えかねた先生が、百合子に意見をしにきた時、百合子はうっかり「じいや」の名を出してしまいます。
 顔色を変えた先生は、大して意見もしようとせず、その場を立ち去るのでした。

 じいやは逃亡生活の無理が出たのか、風邪をこじらせ、屋根裏部屋で臥せっておりました。
 じいやは、見舞いに来た百合子と、もうそろそろ奇理子に食事を与えよう云々と話しております。

 一方、先生は電話をかけ、誰かの指示を仰いでおりました。
 そして、隙を見て、憔悴しきっている奇理子の地下室を訪れます。
 先生が格子窓越しに投げ出した包みの中身は、人間の腕。
 何のためらいもなく、人間の腕を貪り食う奇理子。
「食べた後の骨はこちらによこすのよ」
 格子窓の向こうから、笑みを浮かべながら、先生は言うのでした。

 普通の食事を持って、地下室に降りる百合子ですが、奇理子の怒りに狂った対応に戸惑うばかり。
 とても五日も食事をとってない人間とは思いません。先生の仕業と直感します。
 百合子は屋根裏へ行きますが、じいやもその話を聞いて、困惑顔。
 そして、百合子にある秘密を話すのでした。
 それは、奇理子が、とある薬によって一種の麻薬中毒にされてしまったこと、しかし、誰が、何故、奇理子をそのような中毒の状態に陥れたのかはわからない、ということでした。(注1)

 百合子が庭で思案に暮れていると、館に一台のパトカーがサイレンけたたましくやってきます。
 颯爽とパトカーから出でたる二人の刑事は、病身のじいやを肩で負い、さっさと連行していきます。
 あまりの素早さにあっけにとられる百合子ですが、これは先生の仕業と思い、先生を詰問します。
 が、先生はしらばっくれて、こそこそと立ち去るのでした。

 次から次へといろいろなことが起き、心身ともにいっぱいいっぱいの百合子は、その夜、亡き父母の写真の前で悲嘆に暮れるのでありました。
 ベッドに入っても寝付けず、窓の向こうの三日月を見つめます。
 寝室に忍び寄る怪しい影。
 百合子が人の気配を感じて、振り返ると、「殺してやる!」と奇理子が包丁を振り上げ、襲いかかって来ました。
 使用人を呼んで、事なきを得たものの、この翌日、百合子は館の使用人(男性一人、女性二人)の協力を得て、奇理子を徹底的に監禁。
 そして、奇理子に食事を与え、地下牢から出した先生に解雇を言い渡します。
 が、ちょうどその時、おじが訪ねてきてました。
 百合子はおじに先生のことを訴えますが、軽くかわされ、「もう少しがまんしなさい。もう少しで全てかたがつくからね!」と言われます。
「かたがつく!」と訝る百合子ですが、「こっちの話だがね」とおじはさっさと立ち去るのでした。

 使用人の協力を得て、三日間、奇理子の監禁に成功。
(作品中に説明はありませんが、麻薬中毒の治療と同じく、薬が切れるまで監禁してから、普通の料理を受けつけるようにする…という設定なのでしょうが、いつ薬をもっているのか全く謎。人肉に中毒性のある成分があるというのでしょうか? 一切、説明はありません。)
 カーテンの陰からその光景を冷ややかに眺める先生。

 奇理子の様子を見に、百合子は地下室に降ります。
 そこに、鉄格子にすがって、「何でも食べるから、ここから出して」と懇願する奇理子がいました。
 実際、地下室から出して、普通の料理を与えると、何の文句も言わず、ぺろりと平らげます。
 ほっと一安心する百合子。
 しかし、奇理子はトイレに行くふりをして、「こんなまずいもの」と普通の料理をすっかり吐いてしまいます。
 こっそりと先生の部屋を訪れた奇理子に、待ってましたと、先生は「食べるもの」を用意しておりました。
 それを無我夢中で食べる奇理子に、食事の代わりに、自分の言うことをよく聞くよう、言いくるめてしまうのでした。

 その夜、姉妹は久々に一緒に床に就きます。
 今までの仕打ちを詫びる姉に、奇理子は「お姉ちゃんのいう事を何でもきくいい子になるわ」と言い、姉を感動させます。
 相変わらず、くどくどと詫びる姉に「なんとも思ってないわ」と、そっぽを向いて、寝たふりをする奇理子。
 実際は、影でほくそ笑んでいるのでした。

 一方、使用人達は先生によって、とある一室に集まっておりました。
 先生が言うには、おじ様のご好意により、今日はご馳走があるとの事。
 豪華な食事に上等な酒…目を丸くする使用人達。
 早速、飲んだり食べたりし始めますが、先生は電話を理由に退出します。
 そして、部屋に鍵を閉めるのでした。(注2)
 そのうち、使用人達は「妙な気持ち」になり始めると、突如、口の端から涎を垂らしながら、使用人達は殺し合うのでした。
 悲鳴と怒号、物が壊れる音が途絶え、「終わったわ」と先生が部屋が覗くと、そこは凄惨なことになっておりました。
「ククククク」とひそみ笑いをもらす先生。

 館の前に一台の車がやってきて、中からおじが出てきました。
「終わったかね!」
「あとはおじょうさんだけです」

 寝室では、こっそり目を覚ました奇理子が、寝ている姉の胸を短剣で一突き!
「ほほほほほ…私をいじめるからよ」
 断末魔の痙攣をする百合子の胸に、奇理子は「もっと苦しめ」と短剣を捻じ込むのでした。
 そこへ先生がやってきます。
「ホホホ みてみて! にくいお姉ちゃんをころしたわ!」
 と、得意顔の奇理子を、先生は「よくやったわね」と褒め、見せたいものがあるからと、奇理子を寝室から連れ出します。
 奇理子が案内されたのは、先ほど、使用人が食事をしていた部屋。
 部屋を覗いた奇理子は、部屋の惨状を目の当たりにして、息を呑んだ、その時…
 先生が背後から、奇理子の後頭部に金鎚を振り下ろします。
 奇理子は絶命、先生は奇理子の手に金鎚を握らせ、これで奇理子の仕業にするのでした。(注3)
「ほほう だいぶはでだね あの薬のききめもたいしたものだ」と、おじが何食わぬ顔して、部屋に入ってきます。
「お約束の……」と言う先生に、「わかっておる 一千万円きみにやろう 殺しのお礼にな!」とおじ。
 その前に、百合子の姿を見たいとおじは言います。
 胸に短剣を突き立て、ベッドで絶命している百合子。
「これでこの邸の財産は全部わしのものになったわけだ」とおじ。
 おじは先生に「いやご苦労さま! さあ、あちらでかんぱいしましょう」と言うのでした。

 居間で、おじは先生にお礼の一千万円の札束を放ってよこします。
 札束を手にし、「これで何でもかえる……」と、うれし涙を浮かべる先生。
「あなたのうれし涙のために かんぱいしましょう」と、グラスに口をつける先生ですが、急に苦しみ出します。
「や やったわね…」口の端から血を流し、絶命する先生。
 先生の死体を前に、おじは嬉しそうに笑い、「お前なんかに一千万円やれるかってんだ!」と言います。
「わしの哲学には生命の尊厳などはない
 ただもうける事 それがわしの人生哲学だ!
 人を殺しても何とも思わん もうけるためには多いに殺せ…だ」
 おじは先生の死体を、百合子の寝室に引っ張って行き、先生の手を百合子の短剣の柄に握らせるのでした。(注4)

 完全(?)犯罪に成功したおじは、屋敷を去りながら、高笑いします。
 哄笑するおじの周りを、(何故か)乱舞する「ベトナム戦争」の記事の切抜き。
 ラストのラストに一応まだあるのですが、とってつけたようなものなので割愛して、おしまい」

 結局、「奇理子の秘密」はうやむやのままでした…。
「毛皮にされた動物達の呪い」が本当にあったのか、それとも、財産を狙うおじの陰謀によってヤク中にされていたのか、いまいちはっきりしません。
 内容を突き詰めれば突き詰めるほど、矛盾とボロが溢れ出てくるのであります。
 とは言うものの、よくよく考えてみますと、勢いと思いつきのみで描きとばされた貸本マンガに、整合性を求める方が野暮というもの。
 ここは、片端から登場人物が死んでいくカタストロフィーを味わうべきなのでしょう。
 でも、「奇理子の秘密」をきっちりストーリーに組み込んでいれば、それなりの作品に仕上がったはずなのにと、返す返すも残念です。
 まあ、これは池川伸治先生の作品のほぼ全部に共通することなのですが、「発想」自体は非常にいいのです。
 ストーリーも、こちらの考える暇を与えず、次々と怒涛の展開を繰り出してくる手腕は、古賀新一先生に匹敵するものでありました。
 ただ、「大風呂敷を広げすぎ」と言われれば、その通り…なのでして、でも、そこがまた……味わい深いと言えば味わい深いのであります。

 「怪奇貸本奇談シリーズ」の一冊として、「花の百合子・毒の奇理子」「双生児の鬼」と共に復刻されております。

・注1
 最初は「毛皮にされた動物の呪い」を持ち出しておいて、次に「麻薬中毒にされていた」としております。
 しかも、どちらの設定も結局は、それ以上の説明はなく、明らかにストーリー的に破綻しております。
 最後まで、何が原因で、奇理子が人肉を食す特異体質になったのか、はっきりとした説明はありません。
 この点で、前編より遥かに後編のテンションは低いです。
「呪い」なら「呪い」、「中毒」だったら「中毒」で、はったり上等と、突っ走ってもらえれば、もう少しすっきりした印象があるんですが…。

・注2
 鍵を閉める時の擬音が「ガチャピーン」。
 とてもポ○キッキな擬音でございます。
 似たような例として、中島利行「おしゃれどろぼう」(講談社/1967年6月1日発行/なかよし第12巻第7号付録)のp86「ガチャンピーン」がありますが、惜しい…惜しすぎる…。

・注3
 どう考えても、食堂の惨状を奇理子のせいにはできないと思うのですが…。

・注4
 またまた、どう考えても、それで日本の警察をだませることはできないと思います。短剣には指紋ついてるし、先生は毒殺だし、先生の犯行と納得させることは無理な話でしょう。
 まあ、金の力を使えば、また結果が違ってくるでしょうが…。

2014年8月下旬・9月上旬 執筆
2014年9月9日 ページ作成
2021年9月28日 加筆訂正

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